行きましょう
歯の浮くような口説き文句を浴びせられ、キョトン顔を浮かべる金髪スレンダー美女。
「あ、あの……」
「いや、本当にお美しい。いや、もはや神々しい……いや、僕は背信主義者なので、この場合は悪魔悪魔しい、かな……ククク、クククククク、クハハハハハッ、ハハハハハッ」
超つまらない
「「「「「……」」」」」
き、キチガイ野郎、とクラスのほぼ全員が、確信した。
「き、貴様っ……ふざけるなよ」
セナは怒りに震えながらアシュの胸ぐらを掴もうと腕を出そうとするが、すかさずテスラが前に入って制止する。
「いや、しかしお美しい。実に美しい」
そんな従者の存在を視界に入れず、金髪美女の上から下までしっかりと観察するエロ魔法使い。
「ミラ、首都ジーゼマクシリアの高級レストランの手配はできているね?」
「はい」
返事とともに、数秒で使いの鴉を飛ばす超有能執事。アシュは大陸の至る所で高級レストランを所有しているが、必ず一番展望のよい一等席を自分用に確保している。言うまでもなくデート用であるが、過去10年間に使うのは数回程度。
圧倒的コストの無駄遣いである。
「よろしい。では、早速行こうか。僕が認める一流畜産農家が丹念掛けて育て上げたブシュシャリアン牛は格別だよ。ボリュゴーニュス地方の日光をふんだんに浴びた牧草が、格別な霜降りを生み出す秘訣なんだよ。いや、僕は大陸一謙虚な魔法使いとして有名で、あくまでこれは自慢ではなく単なる事実なのだが、このブシュシャリアン牛の霜降りは、僕が提唱したーー」
「はい、はいはいはい!」
アシュのこれみよがしな自慢話を、金髪秀才勤勉美少女がいつものように挙手で打ち消す。
「……ふぅ。生徒からの質問が多いのは、人気教師の宿命だな。なんだね、リリー=シュバルツ君」
「なんだじゃないですよ! あなたって人は授業中になに口説いてるんですか!?」
「ライオール、授業中に口説いていけないと言う校則はあったかな?」
「……ないですね」
「だ、そうだよ?」
アシュは勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる。
「ぐっ……そんな非常識なこと想定されている訳ないじゃないですか!」
「君の非難は校則を管理する側に向けられるべきであって、僕を責めるのはお門違いじゃないかな? 結論として言えば、そこにいるライオール理事長がこのホグナー魔法学校の責任者な訳だから、これ以上ピーチク囀りたいならば、彼に言いたまえ」
「……すまない、リリー君」
「ぐっ……ぐぎぎぎぎ……」
性格最悪魔法使いに指摘された性格最高魔法使いは、
「だいたい、誰が誰を口説いては駄目だとか、いちいち自由を阻害するような堅い校則を作る窮屈な学校など退屈極まりない。秩序はある程度必要だとは思うが、過度な束縛はむしろ健全な成長を阻害すると思うよ。まあ、脳がガチガチに凝り固まった君に言っても仕方ないだろうがね」
グリグリ。
グリグリ。
まるで、マッサージするかのように頭を撫で回す。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎ……」
「まあ、恋愛の『れ』の字も味わったことがない君のために教えてあげよう。『愛には、性別も、年齢も、思想も……神ですらも関係ないものだ』……デスラータ=トライデ」
なんか、遠い目をしながらナルシストげに答えあげる闇魔法使い。
「じゅ、授業はどうするんですか!?」
「自習」
!?
「あ、あなた教師ですよね!?」
「教師である前に、紳士だ。美しい女性を前にすると、思わず食事に誘ってしまうね」
ニヤリ。
「……」
なんとか強制的命令を曲解して、こいつの食べる皿に猛毒を仕込めないだろうかと本気で考える主人大嫌い執事。
「なにをふざけたこと言ってるんですか―――――――――――――――――――――――――――――!!!!!」
その美少女の怒号は、校舎中に、響き渡ったという。
「き、君のうるささはもはや兵器だね、リリー=シュバルツ君」
「授業を無断で放棄するなんて、校則違反もいいとこです! そんなのは絶対に絶対に、ぜえーーーーーーーったいに、認められません! もし、仮にそれをするんだったら、私はあなたを告発します!」
「ふっ……仮に僕が校則を破ってクビになるとしよう。言っておくが、僕は大陸一の資産家なので一ミリも困らない。むしろ、困るのは超優秀な授業を受けられない君たちの方じゃないかな? それでもいいんだったら好きにするといい」
正論を暴論で制そうとするキチガイ魔法使い。
「……な、なんて最低な教師。常日頃から、最低だと思ってましたけど……最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低っ!」
「ふっ……負け犬の遠吠えというのは、どうしてこんなにうるさいのかな。キャンキャンキャンキャン。まあ、君はそこでそうやっていつまでも吠えているといい。お待たせしました、行きましょうか?」
「あの……行きませんけど」
とテスラは言った。
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