敗北


 ゼノスは目の前のアシュという男のことが理解できなかった。それこそ、ヘーゼン=ハイムといった強い魔法使いは今まで多くいた。しかし、この男の毛色は明らかに違う。その戸惑いが、彼に冷静さを取り戻させていた。


「貴様の戯れに付き合っている暇はない。いいから、マリアをだせ」


「ふむ……そんなに彼女が大事かい?」


「……答える筋合いはない」


「釣れないな。じゃあ、僕も答える筋合いはないな」


「くっ……」


 なんて嫌な魔法使いなんだと、ゼノスは歯を食いしばる。


「そうだな……すぐに彼女を引き渡してもいいが、僕が彼女を渡せば君がレイア君を渡すという保証はあるかい?」


「……」


「そうだろう? 逆もまた言えるね。だから、お互いに理解を深めてよりよい解決へと導こうではないか」


 アシュは大きく手を拡げ、大げさな身ぶりで提案する。


「そうか。じゃあ、貴様を殺して力ずくで奪うという手があるな」


 ゼノスはそう言って、戦闘の構えをとる。


「ククク……それは、やめておいた方がいい」


「……ほざけっ!」


<<闇の存在を 敵に 示せ>>ーー闇の矢ゼノ・エンブレム


 放った魔法に対し、アシュもまた瞬時に応戦する。


<<闇の存在を 敵に 示せ>>ーー闇の矢ゼノ・エンブレム


 同じ属性同士の戦闘は危険である。同じ魔法がぶつかった場合、負けた方の魔法の威力を相乗させて向かってくる。


 その魔法の矢マジック・エンブレムは。


 アシュに軍配が上がり。


 ゼノスが放った闇を呑み込んだ。


「う……うおおおおおおおおおおっ」


 激しい闇を喰らいながら。


 死者の王ハイ・キングは咆哮をあげる。


「ククク……だから、言ったのに」


「ぜぇ……ぜぇ……バカな」


 嘲るように笑うアシュを、息切れしながらゼノスは睨む。闇を浴びると、外部ではなく内部が傷つく。その激しい動悸と痛みで、思わず胸を激しく握る。


「さすがに、そこの小娘相手に魔力を消費し過ぎたね。万全な状態ならともかく、今の君にはさすがの僕も楽勝だろうね」


「……くっ」


 忌々しい表情を浮かべ、横たわっているレイアを睨む。確かに彼女が相当な魔法使いであったことは言うまでもない。しかし、それでも勝てるだろうとタカを括っていたのだが。


 アシュの闇魔法は自身と近いレベルにある、そう強く感じた。


「さあ、状況をわかっていただいたところでお話をしようか?」


「……」


「ククク……そんなに警戒しなくてもいいよ。僕の要求は簡単なことだ」


「……貴様の要求になぜ答えなくてはいけない?」


「君の置かれてる立場をまだわかっていないのか。試しに、彼女の腕でも折ってみるかい?」


「……っ」


「君が彼女のことをどれだけ愛しているのかを。僕は、すごく理解したよ。残念ながら僕のレイア君への想いとは比べものにならない……ククク……あははははははははははは、あはははははははははははっ」


 歪んだ表情で。


 至福の笑い声で。


 アシュは笑い続ける。


「……なにをすればいい?」


 この男は危険だ……ゼノスは直感的に思った。


 すぐにでもマリアから引き離さなければいけない。


「簡単だよ。君の砦に招待して欲しいんだ。僕は彼女を連れて向かうから。大丈夫だよ、僕はなにを隠そう大陸一の紳士だ。彼女に失礼のないよう万全のエスコートはさせてもらう」


「……」


 この男は狂っている……ゼノスは確信に至った。


「ああ、もちろんそこのレイア君は持って行ってもらって構わない。もう、一つでも二つでも持って行ってくれて構わない」


 先ほどは大切であるような言葉を吐いていたのにも関わらず、次の瞬間、どうでもいいと切り捨てる。


 この男の思考が全く読めない。


 いや、意図的に読ませないようにしているのか。


「……わかった」


 そう言ってゼノスは背を向けた。この場は、完全にこちらの負けだ。いや、そう思わせられた。


「時間はそうだな……明後日の正午でどうだい?」


「……ああ」


「じゃあ、楽しみにしているよ」


 まるで、晩餐会にでも誘われたような楽しそうな声を聞きながら、ゼノスはその場を去って行った。

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