人質


 『まさかそんなはずはない』とゼノスはマリアに目線を追う。しかし、戦闘に巻き込まれぬように避難させたはず場所に、彼女はいない。


「バカな……」


 彼女に施した闇魔法の結界は完璧なものだ。短時間でゼノス以外に解ける魔法使いなど存在しない。


「ククク……僕は闇魔法の知識は人よりも自信があってね。それでも、彼女の光魔法の綻びから解くのは非常に時間が掛かったが」


 アシュが愉快な笑顔を浮かべる一方、忌々しそうな表情でゼノスはレイアを睨む。確かに、あの魔法は対死兵専用の魔法だが、その特性を考えれば闇の魔法壁を弱める可能性もなくはない。


「彼女をどこだ!?」


「さあてね、どこにいるでしょうか?」


 爽やかな笑顔を浮かべる性格最悪魔法使い。


「ふ、ふふふふざけるなぁ!」


 一方、先ほどの余裕の表情とは打って変わって、怒気を露わにする。声を荒げ、落ち着きをなくし、病的なほど髪をグシャグシャに掻き乱して。


「探してみればどうだい? 僕の行動範囲から推測してみるといい。それほど遠い距離ではないよ」


「黙れええええええっ!? この、この娘を殺すぞ」


「お好きに」


「……はっ?」


 アシュはそんなことはまるで歯牙にもかけぬよう、屈託のない笑顔を浮かべる。


「彼女には、なんの価値もない。いや、むしろ先ほどまで殺そうとしていたじゃないか。どうそ、好きにしてもらって構わない」


 そのあまりにもな言い草に。


 レイアの表情に怒りが灯る。


「アシュ……あ……あなたって人は……」


「なんだい、助かりたいのかい?」


「当たり前でしょう!? なにを言ってるのあなたは!」


「なんだ……死にたそうな表情をしてるから死にたいと思ったよ。僕はそんなに死にたいのなら、『むしろ死ねばいい』と言ったまでだよ」


「なっ……だいたい死にたい人に対して、そんなこと言ったらダメに決まってるでしょう!?」


「ああ、そうなのかい? それは、僕は知らなかったな。僕の師匠であるヘーゼン先生はこう言っていたがね。『死にたいやつは死ね。でなければ、必死にもがいて生きている者たちに失礼だ』とね」


「……っ」


「と、言うわけだよ。そこのボンクラに価値はない。言っておくが、強がりとか、駆け引きとかではないよ」


 そのあまりにも、あまりにもな言い草に。


「……ふざけるなああああっ!」


 プチッ。


 金髪美少女は叫ぶ。


「あんたなんかに助けられなくても、私は生き残ってみせる。魔力なんてなくたって」


「どうやって?」


「どうやってもよ!」


 もはや理論でも理屈でもない。本能から吠える。


「ククク……僕は説明を求めているんだが」


 アシュが愉快そうに笑ったところで。


「うるさいわね! あんたになんかーーあっ」


 そのとき。


 ゼノスが彼女に魔法を浴びせ、気絶させた。


「茶番は終わったか? この女は、あとでゆっくりと調理してやる。さあ、彼女の……マリアの居場所を吐け! 吐けえええええええっ!」


 まるで取り憑かれたかのような咆哮に。


「そろそろ人質交換かい?」


「……なにを言っている?」


「そこの少女は生きる意志を示した。だから、まあようやく君の人質と釣り合ったのさ」













 アシュは柔らかな笑顔で笑った。





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