捕縛
「……やめろ……違う」
拒絶しながらも。
ローランはその人形から目が離せない。
『同じだろう? 輪郭も目も鼻も。髪色も肌の色も背丈も手の大きさも指の長さも。腕の長さも匂いも声質も』
ローランと全く同じ笑顔で。
ローランと全く同じ声で。
ヘーゼンの人形は語りかける。
「うるさい……喋るな」
『君はさ、父から愛されていたと思ってただろう? でもさ、憎んで憎んで憎んで仕方ないヘーゼン=ハイムに似ている君を愛する……そんなことが果たしてあるかな?』
「嘘だ……違う」
父親との数々の思い出が走馬灯のように駆け巡る。楽しい想い出だってあった。しかし、それが幻想であったかのようにバラバラと崩れ落ちていく。
まるで、パズルのピースのように合致していく。昔、父が母に投げかけた言葉。『私はお前などと結婚したくはなかった』。いや、そもそも本当にローランは彼らから生み出されたのか。それすら、疑問に思うほど目の前の人形は自身と酷似していた。
なにより、父が時折自分に見せる目。それは、息子に対する溺愛ではなく、底知れぬ憎悪。
『なんのことはない……父親はどんどんヘーゼン=ハイムに似ていく君を見ながら狂っていった。ククク……勝手なもんだね。自分が生み出した……いや、創り出した怪物なのに』
「嘘だ……嘘だ……嘘だ……』
『どのような手段かはわからないが、君は……いや、僕は父親らしき者から創りだされた」
「嘘だーーーーーーー! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
『嘘じゃないよ……僕を見ろよ。ほら……僕は君だろう?』
「黙れーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
気がつけば、人形に手を伸ばしていた。
『やめてよ……お父様……。なぜ、僕をそんな目で見るの? 僕はこんなに頭がいいじゃないか。僕はこんなにも魔法ができるのに。誰にだって負けたことはないのに、なんで僕をそんな風に見るの? もっと僕を愛してよ……もっと……もっと……もっと』
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーーーーーーーーーーーい!」
ローランの握る手は両手になり、魔法壁はすでに霧散していた。
『捕まえた』
人形はニイと笑い、自身の周囲から闇の縄を発生させてローランごとまとわりつかせる。
「ククク……呆気ないな。あまりにも脆くて未熟だ」
「はっ……ぐっ……」
身動きがまったく取れない。
アシュが闇の牢獄で考えていたのは、どのようにローランを攻略するかということ。どれだけ、戦闘的優位を備えていても、聖闇魔法は一瞬にしてそれを覆す力がある。そんな魔法使いと戦うことを、かつての経験からアシュは一番恐れていた。
戦略は精神。どうやって、彼の心を壊してやるか。
それは非常に容易だった。
「君は実力はヘーゼン先生級かもしれない。しかし、重要なのはその生き方だ。彼のような苛烈な生き方をした者は僕は他に知らない。君のような
勝ち誇った顔でローランの黒髪をガッと掴む。
「……嘘だ……違う」
「ところで……僕には信条があってね……やられたらやり返す。君はいたいけのない僕を永遠の闇に閉じ込めようとしたわけだ」
白髪の魔法使いは漆黒の瞳で覗き込む。
「ひっ……」
「永遠の闇と言うのは、なかなか辛いものだよ。ヘーゼン先生のお陰で、僕は最長8年間その境遇に晒されていたんだが流石に発狂しそうになった……これから、君は僕の人形となって魂を捉えられる訳だが気持ちはどうだい?」
「……やめろ……やめろ、やめろ」
根源的な恐怖がローランを支配する。ここにいるロイドのように。ミラのように。永劫アシュに仕える……永劫アシュを憎悪しながら……
「光栄に思ってもいいのだよ? 君は大陸一の闇魔法使いの忠実なしもべになれるのだから。安心したまえ。永劫とは言わない。せめて、僕が死ぬまでは付き合ってもらうとするかな」
「やめろーーーーーーーーーーーー!」
「ククク……ククククハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハ」
闇魔法使いが勝ち誇った笑い声を浮かべた時、
<<風の徴よ 猛き刃となりて 敵を斬り裂け>>ーー
鋭利の刃が人形の指を吹き飛ばし。
<<邪悪なる魔よ 真なる恐怖と共に 亡者を 奈落に つかせ>>
その老人が、指先で精製した五芒星の魔方陣は、美しい線を描いた。
黒い光が地面から放たれ、巨大かつ不気味な道化が。漆黒の身体ながら、白塗りの顔に派手な服装。一見可愛らしい化粧を施した姿。それは、酷く禍々しく映る。
怪悪魔ロキエル。その強さは小国ならば単騎で滅ぼせるほどのもの。主天使(別名戦天使)リアリュリブランに次ぐ中位の悪魔である。
「……なにをしているんだね? ライオール」
アシュは思わず尋ねた。
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