伝染



 ライオール=セルゲイが、初めてアシュ=ダールに対峙する。


 それが、今のこの瞬間であったことは、ミラにとっても、ローランにとっても、本人であるアシュにとってすら想定外だった。


 しかし、ライオールはまるでそれが当たり前の行動かのように振る舞う。


「落ち着いてください。この場は、痛み分けというところでどうでしょうか?」


「……なにを寝ぼけたことを言っている?」


 アシュの声色に苛立ちが読み取れる。それは、目の前にいる老人の思考が読み取れぬが故の焦燥。ローランの実力は本物だ。そして、このまま野放しにすればアシュだけでなく、ライオールの身すら危ない。そんなことなど、十二分にわかっているにも関わらず、なぜこの男は助け舟を出すのか。


 怪悪魔を召喚したことは、その本気度を示している。仮に、この交渉が決裂すれば、アシュと一戦交えることを厭わないという覚悟。


「彼はまだ伸びる。そして……リリー=シュバルツもシス=クローゼもまた。一人では行けぬ高みも、互いに切磋琢磨する好敵手がいれば乗り越えられるものです」


「……」


「それは、ヘーゼン先生にも、私にも……そしてアシュ先生。あなたにも与えられなかったものだ。違いますか?」


「……」


 ドクン。


 この男はなにを言っている? ライオールという男はなにを考えている。本当に、これがこの男の本心か? いや、違う。この男はなにかを隠している……なにを……


 ドクン。


 ライオール……ライオール=セルゲイ。昔から謎多き男。ヘーゼン先生に弟子入りをした時、すでにヤツは弟子としていた……いた? いや、いなかった……彼が弟子入りした時は、僕はすでに破門されていた。


 では、なんだ……この光景は……なんなんだ。


 いや、いた。が弟子入りしたときには、すでにヤツは兄貴面をしていた。その時から目障りだったその琥珀アンバーの瞳。なにもかもわかっているような微笑み。まるで、バカにされているようだった。


「……アシュ先生?」


 ドクン。


 ヤツはを哀れんだ……が心底ヘーゼン先生を尊敬していることを知っていて……後継者の座を俺に……譲ろうとした……奴が……を……不憫に思って……


 ヤツは……を……哀れんだ。


 ドクン。


「ライオール=セルゲイ……ライオール=セルゲイ……ライオール=セルゲイ……ライオール=セルゲイ……ライオール=セルゲイ……ライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオールライオール! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 狂ったようにアシュは叫びだし。


 <<闇よ闇よ闇よ 冥府から 出でし 死神を 誘わん>>


 その詠唱と共に。地面から黒い魔法陣が現れ、滅悪魔ディアブロが現れた。アシュが召喚できる悪魔の中でも高位で、最もよくコンビを組む間柄と言っていい。


「……ライオール……に逆らうなら……死ね」


















 その漆黒の瞳は、憎しみに満ち満ちていた。

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