決戦
豹変した闇魔法使い。その様子は、あまりにも異常で異質だった。いつもの冷静さは見る影もなく、感情と破壊衝動を露わにした笑顔。いびつで歪んだ凶々しきオーラに。
ライオールの額には、一筋の汗が流れる。
最悪の事態は想定していたものの、目算が外れた。リリーと出会うことで。シスと出会うことで。特別クラスの生徒たちと出会うことで。確実にアシュの中でなにかが変化していると思っていた。彼にとって、大事なものができたのだと思っていた。
なにより本能的にアシュは死にたがっている。『永遠』という呪縛からの解放。決して叶わないが故に、心の底に閉まっているその願望は、ローランという存在を生かし続けることを願うはずだと。そう推測していた。
しかし。
「ライオール……ライオール……ライオール……ライオール……」
首を歪に傾けながら歩いてくるアシュに。
その狂気的な憎悪を含んだ眼差しに。
「……ロイド」
思わず老人は目を細くしてつぶやく。
恐らく、悪魔譲渡の影響だろう……ロイドの感情と記憶が流入している。アレは互いに精神的な繋がりを持つ魔法だ。ライオールと対峙したことによって、爆発的に激情が流れ込み、譲渡者を狂わせている。
ロイドが生涯を掛けて憎悪したのは、ヘーゼン=ハイムでもなく、アシュ=ダールでもなく、ライオール=セルゲイだった。他者を思いやることで、賞賛を得る。他者に譲ることで、栄光を得る。それは、賞賛と栄光を常に欲しながらも、その性が悪が故にあきらめていたロイドにとって眩しかった。
しかし、自尊心の塊であるロイドは湧き上がってくるその感情すらも偽った。ライオールなどは眼中にない……そう言い聞かせながら、その存在を無視し続けた。その歪な自己矛盾は、闇に属しながらアリスト教に所属するなど、たびたび相反するような行為に走らせた。憧憬と無視。好意と憎悪。劣等と優越。両極の感情を対立させたままロイドという人間は生き、魂の牢獄へと逝った。
「……」
全てを見抜きながらも、あくまで無二の弟分として接した優しき兄は、それでも囚われた盲者に、憐憫の眼差しを送る。無視と憧憬。憎悪と好意。優越と劣等。同居する感情を認めた聖闇魔法使いは、憐れみながらも冷酷にロイドを消滅させる手段を思考する。
ライオールは、脳内を高速で駆け巡らせる。どうすれば、アシュとロイドの繋がりを絶てるか。どうすれば、彼が意識を取り戻すか。
目の前にはロイドに感情を奪われたアシュと、アシュに感情を奪われたロイド。実質的に2対1の戦いに、勝利への数千の道筋がドンドン崩れていく。
「ローラン君、立て。今は、この災悪を止めることに集中しよう」
「もう……放っておいてくれ……」
黒髪の魔法使いは、投げやりに放心状態でつぶやく。混乱もあろう、絶望もあろう、精神を徹底的に壊された彼を立ち上がらせるだけの言葉は思い浮かばない。
「ミラ、ライオールを殺せ」
一方、アシュは躊躇なくそれを言い渡す。
「できません」
「……主人の俺に逆らうのか?」
「いえ。物理的に不可能です」
そう答えて、ミラは視線を下に送る。すでに、彼女の周囲には魔法陣が発生していて身動きが取れない状態になっている。
「ライオール……貴様……」
「少し小細工をさせてもらいました」
彼らがローランに気をとられている間隙をついた。それでも、彼女ほどの魔法使いには、3分ほどしか持続はしないだろう。
それでも、相手はアシュとロイド。おそらく、大陸で一、二を争う闇魔法使いを同時に相手しなければいけない。
「……」
ライオールは、光の上位魔法壁を張る。欲を言えばローランと共闘したかったが、今の放心状態ではそれは望めない。
「……ローラン君。私には強制することはできない。人には運命という器があり、君は神により大事なそれを背負わされている。いや……あるいは悪魔か」
「……」
「今、ここで死ぬことは一番楽な選択肢だろう……立ち上がるということは、死よりも苛烈な宿命に翻弄されて生きることになる」
「……」
「ミラ、ロイド……そして、アシュさん。ここにいる者たちはみな、その運命というものに翻弄された者たちだ。しかし……私は戦うよ。翻弄されたままじゃ、悔しいからね」
放心状態の彼を一瞥もせずに、そう笑ってライオールは手を動かす。その柔らかな指先はまるで旋律を奏でた指揮者のように滑らかで淀みがない。
瞬間、上空に六芒星が拡がり、光とともに巨大な天使が舞い降りる。
「……エクスシア」
アシュは思わずつぶやいた。
能天使(守天使)エクスシア。主天使リプラリュランと同等位の天使である。遠隔的な攻撃と防御に優れており、召喚に成功した魔法使いは大陸でライオール=セルゲイただ一人である。
アシュの両翼には戦悪魔と滅悪魔。
ライオールの両翼には怪悪魔と守天使。
これで、戦力は同等……いや、それは都合がいいか。あちら側にはロイドもいる。しかも、制限時間つきだ。
「まったく……やはり、あなたは楽をさせてくれない」
ライオールが苦笑いを浮かべたその時、
隣にローランが並んで戦闘の構えをとる。
「……勘違いするな。ただ、奴に囚われるのが我慢できないだけだ」
未だ感情を揺らしながらも、抵抗に立ち上がる若者に。
「フフ……では、最終決戦といきましょうか」
老人は柔らかい微笑みを見せた。
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