似ている


 キチガイ魔法使いのキチガイ発言に、一層警戒心を高めるローラン。一方、有能執事は悦に浸っているアシュを見ながら思う。


 なぜ、そんなにカッコつけられるのだろうか、と。


 さも自分が全て考えたような言い回しをしている。


 しかし、この作戦の脚本は全て、ミラである。


 『僕が捕まっても、助けられるようにしておいてくれ』、そう言った主人は、『どうやってですか?』という問いに、『そんなん君が考えたまえ』である。


 そもそも、自分の身の安全など、毛ほどにも注意を払わない無防備主人。不本意ながら作戦をまとめ口頭で説明したが、翌日には別の研究に夢中になって全て忘れている。ワザワザ、面倒この上なかったが、書物に記して、物語仕立てにして、読んでもらって、それでも忘れるので、『とにかく一週間とだけ敵に言っといてください』とだけお願いした。


 そしたら、案の定、捕まっていた。


 後は、アシュ自身一週間身動きが取れずに暇だったので、以前教えられた作戦を必死に思い返して、こう言ってやろう、ああやってやろうと妄想でも膨らませていたのだろう。


 一方、ミラの獅子奮迅ぶりは、とんでもなかった。ストックしておいたフェンライの弱みの証拠で彼を味方に引き入れ、かねてから教育していたロイドに最近のアシュの記憶をインプットし、タイミングよく一週間ぶりに現れる。実に完璧な仕事をしたと、自画自賛する完璧執事。


「ふっ……どうだい、ミラ。僕はカッコいいかい?」


 そんな彼女に対して、労いの一言もないがために、


「いいえ……気持ち悪いです」


 という彼女の答えであり、


「フッ……一週間ぶりのミラの冗談はやはりエッジが効いているな」


 というキチガイ発言である。


「しかし、ロイドの調教結果を見れていないのは残念だった。僕の優雅さが、きちんと表現できているか心配だが」


「……その点は皆無でしたので、特に必要はないかと思います」


 元の性格がかなりアシュに寄っていたので、似せるのは簡単だった。いや、むしろ生き別れた兄弟なんじゃないかと思うほど鬼畜な人間性であった。しかし、当然相手は感情が欠落しているミラのことを知っているので、感情の抑揚だけは若干大きく調整した。


 ロイドは元々人間であった。ゼロから魂を錬成したミラとは異なり、感情を表現することができる。そして彼女は、彼が持つその優位性さえ利用した。


 圧倒的な戦力を保有して余裕でありふれているアシュ。特に、有能執事ミラの存在は彼を一層増長させる。


 一方で、ローランは絶体絶命。絶対障壁を張ってはいるが、攻め手が聖闇魔法のみ。確実に、アシュに的中させて一時的にでも消滅させなければ勝機はない。しかし、その前には完璧執事ミラがいる。天才魔法使いロイドがいる。


 攻略法を考える時間が足りない……ローランは悔しさで歯を食いしばる。


「しかし……君は本当にヘーゼン先生に似ているな」


 アシュはマジマジと見ながらつぶやく。


「……」


「ククク……でもさ、こう思ったことはないかい? 『あまりに、』って」


「……なにが言いたい?」


 そう尋ねながらも、ローランの思考は高速でかけ巡らされる。先ほどの発言から、こちらの感情を揺さぶろうとする意図がミエミエだ。投げかけられる言葉に感情を揺らさぬ訓練はしてきている。どちらにしろ聞く価値のない言葉だが時間稼ぎのために、不毛な会話を続けてもいい。


「やはり、あの人は面白くてね。彼の弟子時代にヘーゼン先生の過去を調べたよ……そしたらさ、君たちハイム家とヘーゼン先生の面白い関係に気づいたよ」


「……」


「ハイム家は確かに名門だが、ヘーゼン先生は彼らと一切の交流を絶っている。そして、一方は『史上最強』という名を欲しいまま栄華を極め、もう一方は単なる『名門』……いや、名だけの名門。しかし、それもおかしい。君たちほどの魔法使い一族ならば、なにか大きな功績を残してもいいようなものだ」


「……」


 それは、まるで講義のようだった。戦闘とは思えないほど隙だらけで、身ぶり手ぶりを激しくして、興味を引きつけるように抑揚をつけて。


 ローランは戦略的思考を巡らせながら思う。いったいこの男はなにを考えている。こちらが耳を貸さないのは、あちらもわかっているはずだ。そして、無闇に思考の時間を与えることは、あちらにとっても得策ではないはず。にも関わらず、アシュは急ぎもせず、無防備に講義を行なっている。


「ヘーゼン=ハイムの論文は星屑のごとく取り上げられているが、ハイム家の論文など史実に一つでも残っていたか? ヘーゼン=ハイムの武勇伝は際限なく存在するが、ハイム家が戦場において活躍した歴史はない。これは、ハイム家の功績が彼の影に隠れていたということではなく、事実としてハイム家は歴史においてなんの活躍もしてこなかった。偶然でそんなことがあり得るか?」


「……ハイム家を貶めることで、僕を挑発しようとでも? 安い手だな」


 本当にこの男は……一族を背負っているような気はないし、そんな気は毛頭ない。


「貶める? これは歴然とした事実だよ。そして、これは断じて偶然ではない。彼と本家の間になにかの諍いがあったんだろうな。そこで、ヘーゼン先生は全ての魔法研究において、意図的にハイム家の魔法研究を潰したんだ」


「……」


「そんなことは果たして可能なのか……僕なら不可能だな。だが、あの人は……ヘーゼン先生ならばできる。異常なほど優秀の魔法使いで、異常なほど執念深い性格だからね」


「……」


「例えば一日中彼らを監視させ、研究テーマを盗み、それを遥かに凌駕したレベルのものを世間に向けて発表する……そんな嫌がらせを100年以上に渡って……やられた方はたまったものではないだろうな」


「……いったい貴様はなにが言いたい?」


「彼らはヘーゼン先生を憎んだだろうな。非凡な能力がありながらも、より強大な能力の前で潰される。彼の子どもも、その孫も、ひ孫に至るまで」


「……」


 ーーいいか、必ずヘーゼンを超えろ。


 幼い頃から何度も何度も言われてきた言葉。それは、まるで呪いのように。毎日毎日数十回と言われ続けてきた。祖父が、父が、親戚が、あらゆる血縁の大人が等しくヘーゼンを忌み嫌っていた。


 アシュの言葉と自身の記憶がどんどん繋がっていく。


「憎んで憎んで憎んで憎んで……彼らは何度もヘーゼン先生の殺害を考えたのだろう。しかし、彼は最強魔法使い。確実に圧倒的な返り討ちにあって、その度に辛酸を舐め続けていた。彼らを殺さず、その苦しみが死ぬまで続くように。自殺しようとする者もいただろうが、それすら彼は許さなかった。より深く、暗くなっていく憎悪」


「……」


 ヘーゼン=ハイム。この言葉を生まれてから、何十万回聞いたのだろう。子守唄の代わりに、朝の『おはよう』の代わりに、就寝の『おやすみ』の代わりに……子どもがごく一般的に投げかけられる愛の言葉の代わりに。


「人が極限まで人を憎むとどうなるか知っているかい?」


「……」


「僕は一度、それを研究したことがあってね。何人ものサンプルに僕を憎ませたんだ。殺さずに、絶えず憎しみの感情を僕に抱かせ続けた。そうすると、興味深い結果が出たんだ」


「……」


「そのサンプルは、僕の口調を真似し出して、僕のような髪型をし出した。僕のような動きをして、僕のように考え、僕であるかのように振る舞い出した」


「……違う」


 初めてローランは感情的な声を出した。アシュの言葉が脳内に駆け巡り、ある一つの可能性が浮かぶ。それを何度も何度も否定する。


「ならば、父親であるジルバード君に聞いて見るといい」


 アシュは顎をクイっと動かす。


「ち、父上……」


 ローランが視線を向けた先は、頭を抱えて震えている男がいるだけだった。爪どころか指まで噛んで、地面は血に塗れている。


「さあ、話を戻そうか……おっと、その前に」


 そんなことは気にもせずに、闇魔法使いは地面に魔法を唱える。


<<愚者の咎を暴く 闇具を我に>>ーー死霊の鎌デス・ゲーズ


 出現したのは、ローランにソックリな人形。


「それは……」


「ああ、かつて制作したヘーゼン先生の人形だよ。僕が作った特製だ……全てのパーツを精巧に再現している自信作だ」


 そう言って。


 アシュは人形をローランの方へ歩くように指示する。


『同じだろう? 君とさ』


 まるで腹話術のように、ヘーゼンの人形は語り出した。


「……嘘だ」


 辛うじて吐いたその言葉に。


 ローランと同じ顔をした人形は。


 アシュのように歪んだ笑顔を浮かべる。





















『君はヘーゼン=ハイムの模造品コピーとして造られたんだよ』

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