人形
考えがまとまらない。
一向に考えが。
それでも、時間は止まってくれない。
こともなげに扉から出てくる闇魔法使いに。
必死に距離を取ろうとするローラン。
「ククク……いいのかい? それ以上、下がると君は消滅してしまうが」
「くっ」
歯を食いしばりながら、聖闇の範囲魔法壁を解除する……いや、せざるを得なかった。十数メートルの範囲で、不死の魔法使いと戦うのは不利だ。魔法壁を消すや否や、ジルバードを引きずってアシュの向かいへと移動する。
「アシュ様! 仰せの通りになさいました。これで……これで許してくださいますよね!? 私の罪を許してくださいますよね?」
もうひとりのアシュの方に歩くアシュに対し、地べたを這いつくばりながら、豚のように四本足でついていくフェンライ。
「ああ……素晴らしい演技だったよ」
いい子いい子して。
まるで、ペットのように、喉元を優しく撫でるキチガイ魔法使い。
「……」
「ククク……君も見事に騙されただろう? 大した魔法使いでも、策士でもない彼が、なぜダルーダ連合国の元首にまで上り詰められたと思う? 答えは簡単だ。彼は天才的なパフォーマーなのだよ。君のような若造を騙すことなど容易だ。それに、自らが生き残るために恥も外聞も捨て切れる強さを備えている。なあ?」
瞬間、ローランはこれまでの行動を
「ブヒ……ブヒブヒ……」
もはや、豚か人間かわからないほど、尊厳を地に貶めているダルーダ国国家元首。
「しかし、なぜ……フェンライは……なぜ裏切った?」
わからない。本物じゃないと見破ることができれば、アシュ=ダールは終わりだった。やつは永遠の牢獄へと幽閉し、後は偽物を倒すだけだ。フェンライにとっても、それは都合のいい展開だったはずだ。
「まあ、ここからは僕の執事の仕事だから予測の範疇でしかないが、彼が破滅する弱味で脅したのだろう。そして、唯一の救いの糸を握らせるように仕向けた……そんなところだ」
その答えを聞き。
湧き上がってくるのは、フェンライという豚に対する怒り。
「……クズだな」
あまりの醜悪さに、吐き気がする。あそこまで、身を貶めてまで執着する生に。あそこまで、なりふり構わずに、憎悪する者に尻尾を振る様に。
「違うな……これが、人間なんだよ」
闇魔法使いは、優しく頭を撫でながら答える。
「しかし……フェンライ君……残念ながら君は僕を裏切った……罰は与えないとね」
ガン! ガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン!
「ぎゃああああああああああああ」
足に擦り寄ってくるフェンライの頭を何度も何度も全力で踏みつける。
「……はぁ……はぁ……僕は一度の裏切りは許す心の広い紳士だ。次は許さないから、覚悟しておきたまえ」
息をきらしながらそう言い捨てるが、当の本人はすでに気絶していた。そして、そんなことは気にも止めずに、アシュはもう一人のアシュの元へ歩き出す。
「……どういう事だ?」
ローランは思わず尋ねていた。
アシュ=ダールが二人。
紛れもなく、アシュ=ダールが二人いるのだ。
「ああ……そう言えば、僕の人形に自己紹介をさせてなかったね? これは、失礼な真似をした」
「私の名はロイド……アシュ様の忠実なしもべです」
「と、言うことだよ。お分かりいただけたかな?」
アシュは愉快げにロイドと名乗った人形のコートから、仮面を取り出して被らせる。
「同じ顔があると、気味が悪いからね。普段はこのような仮面をしてもらっているんだよ」
「……」
「君が一番疑問に思っていることを言い当ててあげようか? 中位悪魔だろう?」
「……ああ」
ローランは素直に頷く。もちろん、その答えを鵜呑みにはできないが、目の前で至福の表情を浮かべている闇魔法使いを見て気が変わった。自身の感情が制御できぬように、おそらくアシュ自身も自分の知識をひけらかしたいという欲求は抑えられないのではないか。絶対的に有利なこの状況において真実を話す可能性は高い。
「よろしい、順を追って説明しよう。僕は彼と死闘に勝ち、彼を自由にする権利を得た。さすがにヘーゼン先生直属の弟子。彼は本物の天才だ。僕は、彼の魂を捉えて器を作り人形に変えた。その研究の成果は素晴らしいよ……本当によくやってくれるまさに僕のお気に入りの道具だ」
「……」
「しかも、この道具はそれ以外にも使い道はあるときた。そこで、かねてから模索してきた僕のダミー。僕がなんらかの形で敵に封じられた時、僕となって敵の前に登場することで敵を撹乱することができると考えた」
「……」
「僕を封じることのできる敵だ。口調を似せて、記憶を似せて、その魔力も、顔も似せて、あらゆるものを似せても通用はしないだろう。自分であるという証明は難しいね。その敵の立場に立って、なにが疑念となり得るのかを僕は考えた訳だ……それがーー」
「……中位悪魔」
「ご名答」
ニヤリと微笑むアシュに対し、ローランは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「しかし……どうやって?」
「君が知らなくても無理はないな。『悪魔譲渡』。ヘーゼン先生は、膨大に記した魔法書の中でこれを記すことはなく死んだのだから」
「悪魔……譲渡?」
「契約魔法の一種だよ。使役を成功させた悪魔を他人に譲渡することができる……まあ、ヘーゼン先生がこれを記さなかった理由も理解できるがね……これは、僕が開発した
「……」
「懐かしいな……僕が君くらいの年頃の頃、ヘーゼン先生の課題として悪魔召喚を行う課題が出された。ただ、悪魔召喚にはリスクが伴う。その時の僕は不死ではないから、非常に困ったよ。なんとかリスクなく、悪魔を召喚する方法はないかと何日も何十日も模索したよ。そうやって苦心しながら開発したのが、この魔法だ」
「……最低だな」
「考え方の違いだろう? 僕は、簡単な方法があるのに、あえて苦労してなにかを手に入れようとする方が気持ち悪いね……そんなものは自己満足に過ぎない」
「……」
「まあ、ヘーゼン先生に言われているようで懐かしいよ。あの時、『中位悪魔ください』とねだったら、同じことを言われてボコボコにされたよ……ケチな人だったからね」
未だに『最低』の意味を履き違えている天然ど最低魔法使い。
「あり得ない……自分が手に入れた中位悪魔を他人に譲渡するなんて」
「そう思うからこそだよ。僕を封じられる魔法使いとすれば、ヘーゼン先生のような戦闘の天才だ。その魔法使いは自らが保有する戦力を分け与えることはしないものだ」
「……」
実際、してやられた感は否めない。たとえ、『悪魔譲渡』の魔法を知らなくても、予測などでそれに行き着く可能性はある。しかし、ローラン自身その考えには決して行き着かない。仮に、自分が戦悪魔を手に入れたのなら、それを上手く運用する手を考える。値千金の武器を、永遠に使わぬ時に備えてしまっておこうなどという発想はない。
敵側の深層心理まで分析された巧妙な罠に、思わず舌を巻いてしまう。
「おっと……ちょうど5分が経過したようだな……ミラ」
「はい」
医務室のある入り口から出てきた有能執事が返事をしながら駆け寄る。
最強剣士とも同等の実力を持つアシュの『剣』であり、彼の思考を速やかに行動に移す『手足』でもある彼女が駆けつけたことは非常に痛い。
「くっ……」
<<光闇よ 聖魔よ 果てなき夜がないように 永遠の昼がないように 我に進む道を示せ>>ーー
一方、ローランも再び絶対障壁を張り巡らせる。
「ククク……君はそればかりだな。馬鹿のひとつ覚えみたいに」
「そっちこそ、油断が過ぎるんじゃないのか? ロイドに指示させて、戦悪魔に襲わせれば、こちらの命は危なかった」
「……本当に君は馬鹿だな。僕が油断などするものか。君はしてやったりで、僕に気持ちよく説明させていたつもりらしいが、状況を見てみなよ」
「……」
最強執事ミラ。天才魔法使いロイド。その真ん中にアシュ。確かに、状況から見れば絶対絶命。あちらの意図としては、戦力を終結させたかったというところだろう。
「いいかい? 僕は君に狙われた瞬間から、この絵を描いていたんだよ。あの時、あの状況では逆立ちしたって勝てやしない。だから、盤面を変えたんだよ。最終的に、圧倒的に完全に完璧に君に勝利するようにね」
「……」
「先ほどまでは君を殺すことができるが、生け捕りにできる可能性は低い」
「……生け捕り?」
「ああ……光栄に思っていい」
そう言って。
闇魔法使いは歪んだ笑みを浮かべる。
「君は僕の忠実な人形になれるのだから」
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