登場
「ククク……相変わらず、君はおちょくると面白いね」
「う、嘘をついたのか?」
「うん」
「だ、騙したのか!?」
「うん」
「私の心を弄んだのか?」
「……その表現はいささか気持ち悪いが、その通りだよ。いいかい? 僕は裏切り者は許さない主義なんだ。一度でも裏切れば、癖になるからね。裏切り者に埋める花は……決まってるんだ」
漆黒の瞳で。
アシュは冷酷にフェンライを見下ろし、コートのポケットから丸状の物体を取り出した。
「……それは?」
「知ってるかな……
「ね、
「そう……これを植えられた君は、なにもすることができなくなる。叫ぶことも、助けを求めることも、気が狂うことすらできなくなる。でもね、表情だけは穏やかなんだ。だから、みんな君が痛がっているなんて、微塵も思わない……死にたくて、死にたくて、死にたくて、死にたくて。毎瞬、君はそう願うようになる。しかし、死ねない。死を願っても願っても願っても願っても、それが他人に届くことはない。君は、安らかな顔で眠り続けているように見えるからね」
「……」
「死を願い、それが叶った時に咲き乱れる花。それが、願い花。苦しむ時間が長ければ長いほど、綺麗に咲き乱れるらしいよ? 僕の友人である君の身体は、僕が丁重に保管して育ててあげるよ……肥料も水もあげて、できるだけ長く生きさせてあげよう。さて、君はどれだけ綺麗な花が咲くかな?」
「は……かはっ……ブヒッ……」
彼の生徒たちは侮蔑の視線を向けながら退出していくが、当の本人はそれどころじゃない。脂汗をかきながら、顔面蒼白な表情を浮かべている。
「……ろ、ローラン! おい、ローラン! なんとかしろ!」
すぐに彼の元へ駆け寄ってすがりつく。
一方、ローランもまた詠唱を終えて、
<<光闇よ 聖魔よ 果てなき夜がないように 永遠の昼がないように 我に進む道を示せ>>ーー
相反する属性を一つにすることで、絶対的な不可侵領域。父親のジルバードを含めるために、普段の魔法壁よりも数倍範囲の大きいものを造り出す。
「油断したな。父を人質にしようとでも思ってたらしいが、アテが外れたか」
この一手がローランにとっては重要だった。これみよがしに守れば狙われる。かと言って、広範囲の魔法壁は時間がかかる。魔法壁の弱点は移動が効かぬこと。仮に、聖闇の魔法壁を自分にだけ張れば、その場でジルバードを拉致して拷問ショーにでも興じる気だったのだろうと予測する。
「僕はそんなガラクタ興味ないよ。すでに、壊れてるじゃないか」
アシュが視線を向けると、ジルバードは爪を噛みながらつぶやく。『ア、ア、アシュ……ヘーゼンの弟子……なぜ、なぜ、なぜ。ローランが永遠に封じたはずじゃ……ヘーゼンが……まさか、ヘーゼンが?』。それは誰にも聞こえるでもなく、自分自身に語りかける。
「黙れ!」
かつてはそうではなかった。父親がおかしくなり始めたのは、2年前。急激に人目を避け始め、家に引きこもることが多くなった。魔法医の診断は、精神的な外傷。
父親がよくなるためには。
その呪縛を解くためには。
ヘーゼン=ハイムの痕跡を消し去ること。
そのために、アシュ=ダールも、ライオール=セルゲイも消し去る。
ローランが大会前に誓ったことだった。
「おい! ローラン! 貴様、どういうことだ!? なぜ、やつが復活している。貴様が約束したんだぞ、やつは永遠に出てこれないと! なぜ、やつが……なぜ、なぜ、なぜ……」
さならが狂ったかのように。
フェンライもまた、我を失ったかのように責め立てる。
「……うるさいな! 偽物だって言ってるだろう!?」
苛立たしげに、威圧的に蹴って吹っ飛ばす。範囲魔法壁でこの豚まで入れたのは失策だったと悔やむローラン。しかし実際、目の前のアシュ=ダールは本物だとしか思えない。中位悪魔を召喚し、古き知り合いとの記憶も合致する。性格など、どこからどう見たって本人そのものだ。
「そんな訳ない! やつは本物だ……やつと何年付き合ってると思ってるんだ! やつは本物だ! 本物だ! 本物だ!」
蹴られたことなど、気にもせずに再び地面にまとわりついて、半狂乱になりながら叫ぶフェンライ。
「あああああ、もう! 証明すればいいんだろう?」
一国の首脳をまさか殺すわけにもいかないが、いい加減めざわりだ。ローランは再び魔法を唱え始める。
<<無謀なる愚者に 果てなき 夢幻牢獄へ>>
現れたのは、かつてアシュを封じた扉だった。絶対防御でこの範囲は安全。この豚を黙らせるためにも、自分の疑念を払拭するためにも、ここで確認しておいた方がいい。
「ど、どけっ!」
ローランを突き飛ばして、我先にとドアを開けるフェンライ。開けた先は、その豊満な身体で塞がれている。
「どうだ? いただろう?」
その問いを。
「……」
フェンライは無視し、
<<風の徴よ 猛き刃となりて 敵を斬り裂け>>ーー
代わりに魔法を唱えた。
ガシュ。
鋭い斬撃音が鳴り響く。
「おい……貴様……なにを……している?」
呆然とするローランをよそに。
扉から男が現れた。
シルクハットに黒いテールコート。なによりも印象的なのはその漆黒の瞳と真っ白に染まった髪。道を歩いていれば、まず誰もが振り返るだろうその風貌に加え、
親指と。
人差し指を。
切り落として血を滴らせたアシュが登場した。
「さあ……ここからは、ずっと僕のターンだ」
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