狂宴
試合終了の合図と共に、シスは地面に崩れ去る。すぐさま魔法医が駆け寄るが、状況は芳しくない。搬送すらせずに、その場で倒れているリリーとシスの応急処置を始める。
「くっ……出血量が多い。なぜ、こんなになるまで止めなかった!?」
ブチ切れる魔法医。国家を担う代表選手にも関わらず、ドクターストップ30歩先をイッちゃってる状態を任されて、もう、ブチ切れてしまっている。
「やれやれ……自らの力量のなさを棚にあげて。見苦しいこと、この上ないな……ミラ、行って治療を手伝ってきなさい」
そう言いながら隣の執事を見るが、すでにいない。試合終了の合図と同時に2階席から飛び降りて、二人のもとへ駆けつける心やさしき有能執事である。
必然的に、独り言を言ってしまっている状態。
「……コホン。さて、ライオール。表彰式に行こう。ククク、僕という男は自分が大陸一優秀なだけでなく教え子すら大陸一優秀にしてしまうのだから……自分の才能が恐ろしいよ」
間の悪さを咳払いで一蹴し、ゆっくりと立ち上がるナルシスト独り言魔法使い。
「あの……確かに、タイムテーブル上では表彰式ですが、ナルシャ国の生徒たちは誰も出られないので中止しようかと」
「監督の僕がいれば、十分だろう?」
こともなげに。
さらりと言ってのける大会ほぼ欠席優勝監督。
「……はい」
「まあ、優勝国のメンバーが軒並みいないというのは不甲斐ないとも言えるな……甚だ不本意ではあるが責任を取って、僕が余興でもするかな」
全然不本意そうじゃない笑みで。
アシュは舞台に向かって歩きだす。
一方、ローランはそんな彼の様子から目を離さない。こんな公の場で襲ってくることはないと思いながらも、なにをしでかすかわからない。駆けつけて救護の応援をしているミラに対してすら警戒を怠ることはなかった。
「ククク……準優勝、おめでとう。一週間ぶりだね」
やがて。
降りてきたアシュは、嘲るように笑いながらローランの前に対峙する。
「……実力では負けてなかった。あれは、2対1だった」
反射的に体温が上がって、言い訳をしていた。もちろん、後に控えているこの男のことがあったからギブアップを宣言したわけだが、それでも同世代の彼女たちに負けることの羞恥は抑えがたい。
「負け惜しみかい?」
「あなたは、そんな僕に負けたじゃないですか」
「君の負け惜しみの言葉を借りるとすれば、あれは48対1の戦いだった。まあ、僕は君のように恥ずかしい言い訳はしたくないから潔く黙っておくとするよ」
「くっ……」
性格最悪。
冷静に話そうと心がけてはいるが、同時になんて嫌なやつなんだと思う。どこから、どう見ても本物っぽい。
しかし、こいつは偽物に決まっている。
あの条件で脱出などは絶対にできはしない。
そうしている間にも、この計画に加担した各国首脳の動向も気になる。フェンライがわかりやすく疑念の視線を送る一方で、リデールとバルカは心中はどうあれ静観を貫いている。
そして。
一方、父親のジルバードはアシュを見た途端、一層落ち着きなく爪を噛み続けている。まるで、なにかを恐れているかのような眼差しを、ただひたすらにローランを送り続ける。
「君はいつまで主役気取りで中心にいるのかな? 僕の視覚がおかしくなければ、敗北者である君が真ん中にいるのには凄く違和感を感じるのだが……そこをどいてくれないか?」
「……」
落ち着け。この男は、冷静な思考をさせないために、あえて挑発しているのだ。自分がさも本物であると見せつけるためのデモンストレーションだ。
「あの……では、不肖ではありますが大会執行委員長である私が表彰状を授与させて頂きます。優勝ナルシャ国、貴殿は本大会においてーー」
飄々とした表情で進行しているライオールにも油断はできない。いや、むしろこの思考の読めない老人がある意味では一番厄介だ。
「どうもありがとう。いや、これは参ったな……僕の156個ある国家レベルの賞状を保管している棚が入らないな。新しく棚を買わなければいけない……これは本当に参った」
全然参っていない表情で、『参った』を連呼する賞状収集コレクター。
「本当におめでとうございます。では、続きまして……準優勝。学術都市ザグレブ、貴殿は本大会においてーー」
「ククク……準優勝以下の賞状まであるのかい? 無様に負けておいて、賞状まで貰おうなどと、なんて浅ましい。僕なら恥ずかし過ぎて自殺しているところだが」
「「「「……」」」」
な、なんて嫌なやつなんだ、と会場中の想いは一致した。
「まあ、凡人はそれでも嬉しいんだろうね。それは、君たちの感性の問題だから自由にするといい。ミラ、すぐに一流の棚職人に連絡を」
そう言いながら、隣の執事を見るが、当然いない。九死に一生を脱したリリーとシスを、救護室まで付き添って治療を続けている有能執事である。
必然的に、独り言を言ってしまっている状態。
「……一度ならず、二度までも主人を無視するとは。仕方のない無能執事だ」
「「「「……」」」」
こ、このキチガイ野郎、とその場にいる全員が思った。
「さて、諸君! 本来ならば、盛大に優勝パレードなどを行いたいところだが、貧弱なメンバーたちが多くてね。そこでだ……代わりに僕が余興を一つ」
闇魔法使いは突然歩き始める。
やがて、舞台の端の位置に来たとき、低く笑って唱える。
<<漆黒の方陣よ 魔界より 闇の使者を 舞い降ろさん>>
瞬間、地面から突如として魔法陣が出現。
黒き堕天の翼を持った巨大な悪魔が召喚された。
戦悪魔リプラリュラン。かつて史上最高と謳われたへ―ゼン=ハイムのみが召喚できる戦天使だったが、アシュによって堕落させられた中位悪魔である。
「……あり得ない」
反射的にローランはつぶやく。リプラリュランはアシュ=ダールの使役悪魔だ。本人でなければ、使役することなど決してできはしない。
「ククク……君は『あり得ない』とか『馬鹿な』とか、しきりに連呼するね。いい加減、自らの無知を棚に上げて、紛れもない事実から目を背けるのをやめたらどうかな? 見苦しいよ」
「……」
果たしてそうなのか。
いや、しかし自らの瞳に映るのは紛れもなく戦悪魔。あの圧倒的威圧感と魔力。偽ることなどどう考えても不可能だ。
なにが嘘でなにが真実なのだ。
「さあ、会場の諸君! ここからは大陸一の闇魔法使い、アシュ=ダールが仕切らせてもらう。エキシビジョンで戦うのは優勝監督であるこの僕。対するのは、準優勝以下の全員。もちろん、ルールはなんでもあり! 運悪く死者が出てしまうのはお愛嬌というところか……クククク……クククククハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハッ」
その狂ったような笑い声に。
ローランも。
各国首脳陣も。
この会場にいる全ての者が息を呑んだ。
「観客の人たちは運がいい。このエキビジョンショーを楽しめるのだから……しかし、
グルグルグルグル。
闇魔法使いは、周囲を歩き回り。
やがて止まり。
答える。
「思いついた。観覧料は……命だ」
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