完全決着


 そんな冷めた言葉を浴びせる有能執事のやりとりなど知るべくもなく、ローランは引き続き魔法を放つ。リリーの行為を瞬時に理解し、驚愕の念を抱きながらも、拍手でスタンディングオーベーションというわけにはいかない。


<<業火よ 愚者を 煉獄へと滅せよ 雹雪よ 嵐となりて 大地と 鋼鉄の力となれ>>ーー蒼天の誓いセナード・ストライク


 四属性魔法。あらゆる属性の魔法が入り乱れた至極の一撃がリリーに迫るが、彼女は右指二本、左指二本で魔法を相殺してみせる。


 しかも今度は、無傷の状態で。


「……よし」


 完全にコツを掴んだリリーは指を眺めながらつぶやいた。


「くっ……」


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム

<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 ローランは瞬時に戦略を切り替えて、数多く放てる魔法の矢マジック・エンブレムを選択。確かに、革命的な相殺方法かもしれない。放つ角度を変えて多くの魔法を放てば、二つの手で相殺などはできなくなるはずだ。


 しかし。


<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


 リリーは光の上位魔法壁でいとも簡単に防ぐ。


「くっ……」


 ローランのしてやられた感は拭えない。要するに、使い所なのだ。威力の弱い多数の魔法は今まで通り魔法壁で防げばいい。威力の強力な極大魔法のみ、彼女のような方法で防げばいい。


 まるで。


 ヘーゼン=ハイムの絶対障壁が時代遅れかのような想いさえ抱かせる。


<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム


 対して、リリーから放たれた風の刃が、地面の石壁を砕いて砂嵐を巻き起こす。観客たちの視界はふさがれて戦う者たちの物音のみが響き渡る。


 ローランは脳内で、一回戦での展開を描いた。その時は、目くらましをして召喚を行ったが、今は癒天使を行なっている。もう一体天使か悪魔を召喚するということか……


 実際に、複数の召喚魔法は超高等技術である。アシュ=ダールなどはこともなげにそれを行うが、莫大な魔力と集中力を要する。しかし、考えうる限り彼女はそれしか選択肢がないと判断する。


 ローランもまた、2体目の悪魔召喚を選択。リリーの手が召喚魔法でないとしても、通常の攻撃魔法では攻め手に欠ける。こちらがもう一体の悪魔を召喚し、格闘で彼女を攻めれば完全な詰みチェックメイトだ。


<<聖を 憎む 呪いの歌を 奏ーージジッ……


 詠唱チャントを終えようとする時、ローランの真横から異音が聞こえた。


 それは、何気なく視線を送ったに過ぎなかった。絶対防御である聖闇の魔法壁は誰にも破られることはなーー


「うわあああああああああああっ!」


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 反射的に魔法を放っていた。至近距離に迫って聖闇の魔法壁に手をかざしていたリリーに対して。


 理解できなかった。聖闇の魔法壁に触れれば、瞬時に木っ端微塵。火山のマグマに自ら手を差し出すようなものだ。それを、一瞬の躊躇も、ためらいもなくリリーはそれに触れている。


 そして、氷の刃でズタズタになりながらも、その手は一ミリの迷いもなく動き続けている。


 数秒で、聖闇の魔法壁は霧散した。


 絶対的な防御が数秒足らずの間で。


「ぜぇ……ぜぇ……やっ……た……」


 血を大量に流しながら、そのまま前のめりに倒れるリリー。


「……はは、はははは! なにがしたかったんだ!? 命がけで破った魔法壁の意味がないじゃないか!」


 倒れているリリーに対してあざ笑うローラン。


 それは本能的な行動だった。


 史上最強の魔法壁を破った彼女の偉業に対しての慄きと、自分が勝ったんだという威嚇。周囲のことも忘れ、ただ自分を守るために彼女を責める。


 そのとき。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 彼の後ろから。


 大きく息切れする声が聞こえた。


 ローランが振り向くと。


 ボロボロの状態になりながら、青の瞳で見つめているシスがいた。地面には倒れているザグレブのチームメイトたち。


「……嘘だ」


 反射的につぶやいていた。


 彼らは父のジルバードが使い捨てで選んだ生徒たちだ。魔薬で狂戦士化させ、筋力も常人の倍以上に肥大化させた。その激しい凶暴性は、そのままシスを殴り殺してもおかしくないと思っていた。


 しかし、目の前に立っているのは今にも倒れそうなほどの可憐な少女。


 なんなんだ。


 いったい、なんなんだお前は。


 ……いや、落ち着け。目の前の戦士は満身創痍だ。これ以上動けるかどうかも定かではない。距離としては、不利な位置にいるがすぐに魔法壁を張り直せばこちらの勝ちは確実。まずは、魔法壁を張る作業をーー


 その時。


 シスの後ろから。


 歪んだ微笑を浮かべる魔法使いの姿が視線に入る。


 そして。


「ククク……」


 届くはずのない、


 低く不快な笑い声を、


 確かにローランは聞いた。


 瞬間、全身に鳥肌が立ち、さまざまな憶測が脳内に飛び交う。


 もしもシスが動くことができたら? あそこにいる闇魔法使いが本物だったら? 仮に自分が戦闘不能になったら? その状態の自分をやつが見逃すか? 見逃すことがあるのか? むしろ、それが狙いじゃないのか? こちらが目先の勝利に固執するのを見越してあのまま静観しているのでは? 勝てるか? このまま無傷で、目の前の戦士を倒すことができるか? 


「はぁ……はぁ……はぁ……はあああああああああっ」


「ぎ、ギブアップ!」


 そして。


 向かってくるシスに対し、ローランは両手を挙げてギブアップを宣言した。


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