生贄
その発言に。
「ふざけるな、何様だ貴様は!」「いきなりなにを言ってるんだ!」「死んでまでなんて、見たくないに決まってるだろう!?」「お前が死ね最低魔法使い!」「性格悪すぎるんだよお前は!」「と言うか、監督解任だ!」「と言うか、国から出て行け!」「と言うか、この大陸から出て行け!」
会場の怒号が爆発する。
大会開催期間の中で、正味二日間という短い出席時間であったが、観客たちはすっかり、漏れなく、完全にアシュ=ダールという存在が嫌いになっていた。
「うるさいな……リプラリュラン」
煩わしそうに指示すると、戦悪魔は地から飛び上がり、超低速で縦横無尽に飛翔する。
そのあまりのスピードと風圧、威圧感に。
一瞬にして皆、口を閉ざした。
「あまり調子に乗らない方がいい。僕にとっては、君たちの命を摘むことなど造作もないことだよ。なんせ、僕のリプラリュランは一瞬にして数千の魔法使いを消滅させた伝説の悪魔だ」
戻ってきた戦悪魔を、優しく撫でる闇魔法使い。
「「「「……」」」」
「……ふむ。しかし、まあ君たちの意見も一理あるね。見たくないものを見せられてもつまらないだろう……なにを隠そう、僕は話がわかる紳士だ……五分あげよう。命が惜しくてこのステージを見逃すほどの愚か者は、速やかにこの場から去るといい……もちろん、主賓の退席は許さないがね」
その言葉に。
我先にと観客が逃走を始める。他者を押しのけ、命からがら、他者など一抹すらも省みずに。
「ククク……醜いことこの上ないな。大事にするほど価値のある命なのかねぇ」
まるで、蟻の巣を踏みにじった無邪気な子どものように、歪んだ笑みをうかべる闇魔法使い。そんな中、一人の男が彼の前に出る。
「……アシュ=ダール」
「やあ、バルガ君……久しぶりだね。あの時は挨拶できずにすまなかった。君のしつこい追跡にも随分手を焼いたものだったが……随分と偉くなったのだね」
「……」
魔法戦士隊は、バルガが対アシュ=ダール用に配備したものだった。ミラをバルガが一手に抑えて、残りの隊でアシュを倒すという作戦だったが、当時はことごとく逃げの一手。しかし、今回は明らかに好戦的な姿勢を取っている。
これほどまでとは思わなかった。
本気になったこの男の実力が、これほど圧倒的だとは。
「俺は残る……ただ、生徒たちは解放してもらえないか?」
「ふっ……君なら、そう言うと思っていたよ。いいよ……しかしその代わりにバルガ君も出て行きたまえ」
「……いいのか?」
「思っている以上に、君は厄介な魔法戦士なんだよ。まあ、主犯ではないようだし広い心を持って許してあげよう……それに、セザール王国筆頭大臣の……なんて言ったっけね……そうだ、ブンドド君」
「……リデールだ」
「君とセザール王国の面々も好きにしていい」
さも名前など間違えなかったかのように、話を進める自分勝手天然魔法使い。
「……では、私たちも退出させてもらう」
なにを企んでいると訝しむが、ほかに選択肢もない。
「ところで……娘さんはどなたかな? 執事の情報だと、僕の熱狂的なファンであるようだが……」
キョロキョロと、帰っていく生徒を撫で回すように見つめるエロロリコン魔法使い。
「……家出したよ」
勝手にギブアップ宣言した過保護なリデールを、娘のナルシーは決して許さなかった。数時間ほど喧嘩した後、『もう、帰りません』という書き置きをして父の元から出て行った。別にここは家ではなく宿だから、『家出』という表現ではなく『ただ家に帰っただけ』という表現が適切かもしれないが、彼の心情は前者である。向こう数年は娘が父親の前に現れることはないだろう。
「それは……残念だね。後で、執事に我が館までの地図を送らせよう」
「……っ」
その地図は絶対に極大魔法で燃やし尽くしてやると心に誓いながら、リデールは生徒たちとともに退出を始める。
「バルガさん、リデールさん……裏切るんですか?」
ローランが二人を睨み続けながら尋ねる。
「その台詞は、仲間に言うものだ。俺たちはあくまで互いの利益によって共闘していたに過ぎない。まあ、健闘は祈る」
バルガがそう言い捨て、リデールは後へと続く。
「あ、あの……アシュ。私は……」
オズオズとフェンライが前に出る。
「君は残りたまえ」
「ブヒーーーーー!?」
「当たり前だろう? 君は友である僕のことを裏切ったんだ」
「そ、そんな! なんとか、なんとか許してもらえないだろうか!?」
頭を何度も何度も地面に擦り付けて、懇願するダルーダ連合国元首。
「「「……」」」
な、なんて情けないやつなんだ、とダルーダ連合国代表メンバーは思う。
「そうさな……まあ、君がお詫びに大事なものを差し出すとすれば、話は変わってくるが」
「大切なもの……なんだ!? なんでもいい、土地でも金でもーー「そこの生徒たちだ」
「えっ?」
思わずフェンライは聞き返す。
「「「えっ?」」」
思わず彼の生徒たちも聞き返す。
「君が手塩に育てた大事な生徒を生贄として差し出すのならば、君は見逃してもいい」
キチガイ魔法使いのキチガイ提案。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなことできるわけがないだろう!?」
慌てふためくフェンライ。
「安心してくれていい。僕は気の長い紳士だ。5秒……5秒考える時間をあげよう」
「……っ! いくらなんでも我が子同前のそんなに短い時間で――」
「さあ、カウントダウンを始めよう」
「ちょ……まっ……」
フェンライが制止しようとするが、アシュはそれを無視する。
「「「……」」」
教え子たちは、祈るような視線を彼に送る。
「5
4
3
「わかった」
5秒と経たずして、監督は、『我が子同然』とのたまう教え子たちを売った。
「……決まったようだね。ククク……3秒か……おめでとう」
「「「……」」」
「お、お前たち……すまない……本当に断腸の想いだった。だが、私にはダルーダ連合国を発展させるという使命がーー「じゃあ、そこの生徒たち。退出していいよ」
・・・
「えっ……私じゃなくて?」
「うん」
「生徒たちを? 私じゃ……なくて?」
「うん」
・・・
「ブヒーーーーーーーー!?」
フェンライの豚鼻が、虚しく響き渡った。
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