登場


          *


「ククク……さすがだ……さすがは我が息子」


 ブツブツと。独り言をつぶやきながら爪を噛むジルバードを尻目に、ライオールは席を立ち、代行監督であるエステリーゼに申し出る。


「……勝負はあったようだ。棄権しよう」


「き、棄権……ですか?」


「ローランの放った聖闇魔法は我々への警告だよ。次はあの魔法がリリーに放たれることになる」


「しかし……」


「彼女はあの性格だ。自らは決してギブアップは宣言しないだろう。攻め手を欠く彼女はこのまま一方的に蹂躙され続けることになる」


 たとえ、不慮の事故で彼女の身になにかあったとしても、ローランは断固無罪を主張するだろう。一度、警告はしたのだからあとは大人が判断すべき問題であると。


 いや、最初からローランにとってはリリーなど眼中に無かったのかもしれない。敵として厄介なシスを抑えて、聖闇の魔法壁を張るタメの時間をつくる。その後、圧倒的な実力差を見せて、ライオールたちに向かって警告する。選手の意向を組んでそれを無視すれば、都合よく彼を失脚させられる。


 ライオールの『選手の意思をできる限り尊重する』という性格をついた、老獪な戦術に思わず舌を巻く。


「……わかりました」


 速やかに立ち上がって、審判長に申し出ようとするエステリーゼ。


 その時。


「なにを勝手なことをしてるんだい?」


 低く静かな声が。


 彼女の後ろから響く。


 振り向くと、

 

 シルクハットに黒いテールコート。なによりも印象的なのはその漆黒の瞳と真っ白に染まった髪。道を歩いていれば、まず誰もが振り返るだろうその風貌の魔法使い。


 そこにはどこからどう見ても、アシュ=ダールが立っていた。


 そして、側には当然のようにミラが控える。


「あ、アシュ先生……あ、あ、あなた今までいったいどこへ」


 エステリーゼは声を震わせて尋ねる。


「ヤキモチかい?」


「アシュ様……完全不可逆的に違うと思われます」


「……ふっ」


 執事の冷たすぎる指摘に対し、遠くを見つめることで対処する安定キチガイ魔法使い。


「今更何しに来たんですか!?」


 エステリーゼが涙目で食ってかかる。実は、密かにナルシャ国の優勝を期待し、代行監督であることに誇りを持っていた褐色美女。昨日親戚の集まる会合で、リリーたちがいかに優れた生徒であるかを3時間ほど熱弁していたほど。生徒の命を考えれば当然の決断であるが、それでもギブアップ宣言が悔しくて悔しくて仕方ないがない。


「残念ながら僕は君たちみたいに暇人じゃないのでね。一週間も束縛されるようなスケジュールは取れなかった。これでも、大陸一忙しい身の上でね……」


「アシュ様、現時点でのスケジュールは100年先までなにもないので、残念ながらその言い訳は非常に苦しいと言わざるを得ません」


「……そんなことより君は曲がりなりにも僕の代行をしているわけだが、もしかしたらギブアップしようとしているのかい?」


 執事の指摘を強引になかったことにして、エステリーゼに向かって強引に話題を進める。


「しょ、しょうがないじゃないですか……もう、負けは決まっているんです。これ以上は戦闘の必要はありません」


「ふぅ……君は監督としては未熟すぎるよ。普段から、『生徒の意思を尊重する』などと口に甘いことを言っておきながら……僕が今度二人きりで一日中個人授業をしてあげよう」


「それは、絶対にお断りしますけど……仕方ないじゃありませんか。それに、ライオール先生の指示でもあるんですから」


「人のせいにするな。判断するのは君だ。彼は所詮は部外者だろう? 君は彼らの命運を左右できる立場にいながら、なんの権限も持たない者に任せるのかね?」


「……」


 サラリとフラれたことは完全になかったことにして、腹いせとばかり厳しい言葉を投げつけるキチガイ魔法使い。


 ああ、こんなやつだったなと、有能執事は一週間ぶりに主人のクズさを再認識する。


「……り、リリー=シュバルツは貴重な人材です。万が一でも死に至るような判断をするべきではありません」


「ククク……それは君たちの事情だろう。君は彼女の性格をまったく分かってないな。あの表情が見えていないのか?」


 指差した先のリリーの表情は挑むような目つきで笑っていた。


 そこには死への恐怖も。


 相手への怯えもない。


 ただ、目の前の障害を乗り越えるために集中している表情。


「……」


「彼女は闘うことを望んでいる。彼女は越えようとしている。いいかい? 君が仮にも『生徒の意志を尊重したい』とのたまうのなら、どうであってもそうすべきなのだよ。結末次第で変えるものは『意志』とは呼ばない」


「……」


「まあ、いい。監督の権限を返してもらう。ライオール、もちろん僕はこのままティータイムを楽しみながら試合を観戦させてもらう」


 悠々と席に腰掛けて、足を組んで右腕を横に伸ばす。その指にすかさずカップに注がれたダージリンティーを掛ける有能執事。


「……アシュ先生、本当にいいんですね?」


 ライオールは再び尋ねる。


「そもそも、彼女たちが負ければ、一生僕の奴隷となって生きていくんだ。どちらも、あまり変わりはないだろう?」


「アシュ様、私なら間違いなく『死』を選びます」


「ククク……相変わらず、ミラの冗談はエッジが効いてるな」


「……」


 いや、全然冗談じゃないんですけど、とは有能執事の感想である。


「まあ、見届けようじゃないか。若い才能の行方をね……ところでさ、さっきから怯えながら僕を眺めている数人の輩がいるんだが僕の気のせいかね?」


 闇魔法使いが愉快そうに各国のVIPを眺めた。


「ブヒッ……」


 大きく鼻音を鳴らすのは、ダルーダ連合国元首のフェンライ。その肌は脂汗でまみれ、その顔面は蒼白。膝は小刻みに震えており、そして、彼ほどではないが、加担した者は一様に動揺した表情を隠しきれないでいる。


「ククク……僕は楽しみは後に取っておく方なんでね。まずは、彼女たちの結末を見届けようじゃないか」


 そう言って。


 アシュはリリーとローランに視線を送った。


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