決着


「彼女はいいのか? 下手したら死ぬぞ」


 ローランは、あえてシスが脳裏によぎるようリリーに語りかける。


「あんたに心配される筋合いはないわ……よっ!」


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 そう叫びながら闇の極大魔法を放つ。


<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


 ローランは光の上位魔法壁でいとも簡単に防ぐ。


 防がれたということは、魔法力は同等……かそれ以上。そのスムーズで素早いシールのスピードも精度も、見たところ自分と遜色はない。


「素晴らしい闇魔法だな……さすがはアシュ=ダールの教え子なだけある」


 ローランは低く笑う。


「……その汚名をこれから背負うと思うと、非常に恥ずかしくなるからやめてくれない?」


 軽口を叩きながらも、リリーは攻略法を考える。明らかに聖闇魔法を撃てと誘われているような気がした。彼女がそれを覚えて日にちは浅い。恐らくはローランの方が格上なのは間違いない。


 とすれば。


<<白き羽よ 空より 聖なる徴を 示さん>>


 癒天使を召喚した。


 癒天使レサリヨン。大きな翼を生やし、純白ローブをまとった少女の風貌をしている。権天使で、低位ではあるが強力な天使である。主に防御に優れており、治癒魔法、魔法壁などを得意としている。


<<命を刈り取る 悪羅を 死せん>>


 一方、ローランは魔法陣から烈悪魔オリヴィエが出現した。人ほどの大きさを持ち、漆黒の翼を持つ。鋭い瞳は、明確な殺意を持ち、野獣のような牙が獰猛に光る。


「レサリヨン」


「オリヴィエ」


 互いの天使と悪魔に指示して、互いの悪魔と天使に向かわせる。


 召喚魔法のレベルも同等。


 ここまでは予測の範疇だ。


 むしろ、勝負はここから……


 リリーは一度深呼吸をしながら、覚悟を決める。


「君はなぜアシュが消えたのか理由を知ってるかい?」


「さあ……どうせくだらない理由だから興味ないわ」


 そう言いながら。


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 攻撃における聖闇魔法。交わるはずのないの理を合わせることで超崩壊を起こす極大魔法。


<<光闇よ 聖魔よ 果てなき夜がないように 永遠の昼がないように 我に進む道を示せ>>ーー清浄なる護りオド・タリスマン


 相反する属性を一つにすることで、絶対的な不可侵領域。


 リリーが放った渾身の聖闇魔法も一瞬にして無効化された。


 最強は、盾の方に軍配があがる。


「くっ……」


 リリーは歯をくいしばる。


 彼女自身、聖闇の魔法壁は未だ扱えぬ魔法の一つだ。魔法壁は通常より魔力の持続が必要なだけでなく、聖闇魔法のシールを片手でかけ続けなければいけない。現時点の彼女にそこまでの持続力と技量はない。


「驚いたね。僕の他に聖闇魔法を放てる魔法使いを初めて見たよ」


「それって遠回しに、自分の自慢をしてるようにしか聞こえませんけど」


 そう言葉では返しながらも、現時点で手詰まりなのは明らかだ。この魔法壁を破らなければ勝負にならない。


 しかし、ローランの方も攻め手には欠くはずだ。聖闇の魔法壁を張りながら、極大魔法を放つことなどーー


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 その時。


 リリーの真横に聖闇魔法がかすめる。


「……嘘」


 思わず、つぶやいた。


 片手で最強の聖闇の魔法壁を張りながら、残りの手で最強の聖闇魔法を放つ。


 それができるのは、ヘーゼン=ハイム級の魔法使いであるという証明。


 目の前のローランは、紛れもなくそれを実行していた。


 もちろん、リリーにはできる芸当ではない。彼女が聖闇魔法を放つ時、必ず両手でそれを行う。莫大なエネルギーを制御するには両手でないと霧散してしまうからだ。彼女の目算では片手で放てるようになるまで、2年……いや、3年は掛かるだろうと予測していた。


「勝負はあったかな?」


 勝ち誇った表情で。


 まるで、相手に胸を貸すかのように。


 ローランはつぶやいた。




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