狂人


 ザグレブ側の布陣は簡単で、主将であるローランを後方に、前方の生徒たちが前に出る。


 今までの戦闘はローランが終始に渡り相手を圧倒していた。しかし、今回に限っては、自らが後方に下がった形だ。


 ナルシャ国側の布陣はオーソドックスな五星陣だったが、彼らの布陣を見てシスが動き出す。大きく回り込んで、一直線にローランを狙う。


 が、そこの動線を瞬時に二人の生徒が食い止める。面を食らったシスは急激にブレーキをかけたが、すでに遅かった。強烈な蹴りを腹部に喰らい、シスは数メートルほど吹き飛ばされる。


「な、なんで?」


 思わずリリーがつぶやく。


 ザグレブ側に格闘戦の得意な者はいないはず。にも関わらず、シスと同じレベルのスピードで先回りしてみせた。しかも、その蹴りの威力は戦士以上。いったい、なにが起こっているのだろうか。


 そして。


 残りの敵2人がジスパとミリンダ、ダンの3人に襲いかってきた。そちらも常人の速さ遥かにを凌駕したスピードで、一瞬にして距離が詰まる。


「くっ…」


<<土塊よ 絶壁となりて 我が身を守れ>>ーー土の護りサンド・タリスマン


 ドゴッ。


 すぐさまダンが反応して対格闘用の魔法壁を張るが、それは拳でぶち破られる。


「ば……馬鹿な……ぐっ」


 みぞおちをぶん殴られ、地面にうずくまる。ナルシャ国側にしたら、全く予想外の展開。魔法使いが一発の拳で魔法壁を粉砕? 相手を一撃で沈ませるほどの拳撃? あり得ない。シスのような魔道具を身につけている様ならともかく、敵は明らかに生身の拳である。


 すぐさま、ジスパとミリンダがその場を離れるが、信じられないほどの反射神経で追随してくる。


<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー神威の烈炎オド・バルバス


<<冥府の業火よ 聖者を焼き尽くす 煉獄となれ>>ーー煉獄の大火ゼノ・バルバス


 火・光の二属性魔法。火・金の二属性魔法。2人は反射的に危険を察知し、至近距離で思いきりぶっ放った。会場の魔法陣の抑制効果で死にはしないが、それでも大怪我は必至。それを躊躇なく放つ、ナルシャ国特別クラスの英才教育。


 が。


 まともに被弾しながらも、皮膚がただれ、骨が折れ、全身が傷だらけになりながらも、ザグレブ側の二人は猛然とジスパとミリンダに喰ってかかる。


「なっ……」


 驚く声もあげれず、血で染まった身体に抱きつかれ、


<<自らの魔 力を 氷刹と 化せ>>


 そのまま自分ごと、氷柱に包まれる。


 自爆魔法。内在する魔力を一気に解放して、自身をも巻き込んで敵を滅する魔法である。ジスパとミランダは、敵ごと氷漬けとなった。


「ちゅ……中断!」


 審判員が思わず試合を止める。すぐさま、魔法医たちが彼らの搬送を始め、うずくまったまま起きないダンと、凍りついたまま動かないジスパとミランダ、そして敵の2人を担架で運ぶ。


 開始線に戻るリリーに、目一杯の汗をかいたシスが駆け寄る。


「はぁ……はぁ……」


 隣からシスの激しい息切れを感じる。格闘戦において、あの敵たちが彼女と同等だとは思えない。そして、ジスパとミランダを巻き込んで自爆魔法を放った2人。二属性魔法を喰らいながらも、躊躇なく敵はやってのけた。いくら、代表戦とは言え、下手をすれば後遺症が残るほどの傷を、果たして迷いなく実行などできるのか。


 脳内に自問自答を繰り返すリリーに、ぼんやりとした答えが導きだされる。


 狂戦士バーサーカー化。なんらかの方法で彼らの意識を奪い、死をも恐れぬ狂った兵へと変えたのだ。そう推測した時、思わず恐怖で鳥肌が立った。


 確かにシスの天才的格闘センスは厄介だろう。ジスパ、ダン、ミランダの魔法使いとしての能力は敵より優れていたのだろう。しかし、味方を躊躇なく道具と変えるザグレブのチームは狂っている。ローランか……いや、彼個人でこんなことがやれるとは思わない。実際に指示が出せるとすれば……


 リリーは、観客のVIP席をチラ見するとジルバードがニヤついた笑顔を浮かべる。


「くっ……あのハゲチョピン! 生徒をなんだと思ってるの!?」


 その性格の悪さと陰険さが。


 どっかの誰かさんと酷似していて、一層腹がたつ金髪美少女。


「はぁ……はぁ……リリー。まだ、ハゲては……ないから」


「……シス。それは、私の悪口より残酷よ」


 いつものように軽口を叩き合いながらも、リリーはチラッとシスの方を見る。ここからは命がけだ。そんな勝負に親友を巻き込んでもいいものだろうか。


「はぁ……はぁ……止めないでよね」


 ニコリと。


 シスは余裕を見せて笑ってみせる。


「……誰が。私はローランをやるから……あとは、任せた」


 ああ、親友はいつのまにこんなに強くなったのだろう。いつのまに、背中を任せて戦えるほど強く。


「うん」


 蒼髪の美少女は力強く頷いて、審判の再開の合図とともに敵の2人へと立ち向かって行った。


 その時点で、リリーの意識からシスはいなくなって視界にはローランしか捉えなくなった。

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