最終戦


 最終試合の円形闘技場は喧騒と興奮に包まれていた。弱小国であるナルシャ国と学術都市ザグレブの決勝戦。特にホームであるナルシャ国はリリーたちの快進撃によって、国中お祭り騒ぎが続いている。


 開始前五分前に、ライオールが忙しなくVIPの席に座る。元老院議長である彼は、一時間前までメンバーたちとの不毛な議論をしてきたばかり。どいつもこいつも自分の利益を確保しようと、手練手管の発言をする者ばかりで正直辟易する。密かに、この試合をストレス解消の娯楽として楽しみにしている好々爺である。


 周囲が期待感を持ちながら騒ついている中で、斜め前の席に陰気な様子で佇んでいる男が一人。


 ジルバード=ハイム。ローランの父親であり、ハイム家の長でもある。端正な顔立ちや鋭い瞳は似ていなくもないが、後ろからでもその様子は酷く陰鬱に見える。頭はかなり薄く、膝は小刻みに震えている。唇に指を添えて、名家の貴族とは思えぬほど余裕がなさそうに映る。


「お久しぶりです。息子さんは実に素晴らしいですな」


「……どうも」


 興味すらなさそうにライオールを一瞥し、申し訳程度の会釈をする。


「会うのは、ヘーゼン先生の葬儀以来でしたかな」


 葬儀を執り行ったのは一番弟子であるライオール。子息はすでにこの世にはいないので、遺体はジルバードが引き取って行った。その時の印象も酷く無愛想だった。


「……」


「しかし、ローランさんは素晴らしい魔法使いですな。まさしく、ヘーゼンの生まれ変わりーー「冗談じゃない」


 頭の薄い男は、突然、言葉を遮る


「あの……なにかお気に触ったことでも?」


「息子は……ローランは必ずヘーゼン=ハイムを超えます」


 それは息子自慢と言うよりは。


 そうでなくてはならないと言う意思が込められた口調だった。


「……若い者に才能が出てくるのはいいものですな。しかし、私の生徒たちも素晴らしい才能を持った子たちです。ぜひ、彼らも見て頂ければと思います」


「……」


 通り一辺倒の挨拶には相槌も会釈もない。ライオールはため息をついて観客席に目を向ける。VIPの場は、観戦と同時に各国の交流の場でもある。しかし、ジルバードはそれすら拒絶し一心に舞台を見つめている。


 大陸中に名が轟くほどの名門ハイム一族であるが、ヘーゼンという人物はその中でも異端だった。史実によれば、彼は半ば強引に分家として独立し、本家に距離を置き始める。それ以来、ヘーゼンとハイム家の関わりはほとんどなく、隆盛もまた明暗が分かれた。


 彼らの因縁は彼らにしかわからない。師匠であるヘーゼン自身、ハイム家の話題を口に出すことは生涯数度ほどだった。それほどまでに彼らの諍いは深いことは容易に推測できた。実際になにが起こっているのかを詮索もしていないし、この先もする気はない。


 しかし、彼の様子を見ていると、その因縁が彼の死後も続いていることは容易に想像がついた。


 まるで、呪いのようだ。当時のハイム家の家長も、息子も、孫も、ひ孫であるローランすらもヘーゼンという人物に囚われている。それは、彼を超える人物を生み出すことでしか、決して解けることない呪い。


 そんな中、会場が湧きたち、選手たちが入場してくる。最初は緊張でガチガチだったナルシャ国の生徒も、今では自信に満ちた表情をしている。


 一方、ザグレブ側の生徒たちはローラン以外は虚ろな印象を受ける。今まではどことなく、ビクビクした印象であったが、今日はどことなく心あらずな様子。


 客観的に眺め、ライオールはナルシャ国が優勢であると判断した。これまでの試合から、リリーとローランの実力は拮抗しているし、ジスパ、ダン、ミランダも他のザグレブの生徒たちより優秀だ。なにより、このチームにはシスがいる。彼女という天才的な近距離特化型の魔法戦士がいることによって、戦術の幅が多彩に広がる。仮にローランがリリーを凌駕していたとしても、他戦力の差によって軍配はナルシャ国側にあがる。


 そんな老人の推測をよそに、ザグレブ側の監督でもあるジルバードがブツブツとつぶやく。


「そうだ……ナルシャ国にはシス=クローゼがいる……用心しろ……用心しろ」


「……」


 まるで、なにかに取り憑かれているかのようなその様子は、ライオールには限りなく不吉に見えた。


「では……初め!」


 そんな不安を吹き飛ばすように、審判は開始の合図を行った。




 






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