知識


 闇魔法によるトラップ。影を交差させることによって、相手の動きを封じるという高等魔法である。特別に珍しい魔法ではないが、シスはおろか、知識の鬼であるリリーすら、このトラップに気づくことができなかった。


 通常、魔法学校で覚えられる知識はそれほど多くはない。膨大な量の教科書ですら大陸に存在する魔法の1パーセントも網羅できておらず、その中で知識を埋めようとするならば、書物をひたすら読みふけるしかない。


 彼女たちはナルシャ国出身。基本的に闇魔法を禁じているこの国には闇魔法の書物がほとんど存在していない。名門ホグナー魔法学校ですら百冊に満たない。


 20年前は、セザール王国もまた後進国だったが、皮肉にもライオールの教え子であったリデールが帰国後に改革を起こし、闇魔法の発展に多大なる寄与を行った。ひとたび流入が始まれば、瞬く間に広がりを見せる。それだけの度量と実力がこの大国にはあった。


 ナルシーは、そのナルシャ国の閉鎖性すらも理解してその罠を張った。知らないことを防ぐことは難しい。彼女は国家間に存在する知識量の格差すら利用する老獪な戦術家だった。


 まさに、ライオールは闇魔法の知識不足を危惧して、大陸最高峰の闇魔法使いであるアシュを招聘したのだったが、その授業内容に戦闘スキルはほとんどない。むしろ、それよりも魔法の理や理論、歴史の裏舞台など実戦では役に立たないことの方が多い。それは、決して魔法が戦闘の道具ではないというアシュのこだわりがある。


 非常に平和主義な男ではあるが、そのくせ性格が悪過ぎるが故、常に命を狙われ、結果、戦闘回数が飛び抜けて多いという完全なる二律背反を有する結論キチガイ魔法使いである。


 <<風よ その激しさをもって その威を 示せ>>ーー嵐の鼓動ウインド・ビート


 シスは魔法に対して抵抗する術を持っていない。瞬く間に、セザール王国のメンバーから放たれた風の塊によって場外に吹き飛ばされた。


「シス=クローゼ……場外、敗北!」


 審判が大きく手を挙げ、湧き立つ歓声。この時点で、ナルシャ国の戦力が半減した。この大会で一番活躍していたと言っても過言でない彼女の敗北は、リリーたちに動揺した表情を引き出した。しかし、それ以上に苦虫を噛み潰したようなひどい表情を浮かべる者が一人。


 最低闇魔法使いに惚れてる娘の父親、リデールである。


 形勢は圧倒的にナルシャ国側が不利。この瞬間、脳裏に娘の婚約者として挨拶にくるキチガイ魔法使いの映像が浮かぶ。


「ふざけるな! いくらなんでもあの子は14歳だぞ!」


 突然、なんの脈絡もなく立ち上がって叫び出すセザール王国筆頭大臣に周囲は何事かと怪訝の視線を向ける。


「ど、どうか落ち着いてください」


 その胸中を推し量ったライオールが取り乱した彼を制止する。


「……くっ。失礼。なんでもありません。そうだ……娘は14歳だぞ……いくらなんでも幼すぎる……さすがのアシュ=ダールだって相手にしないさ」


 ブツブツと。


 自らに言い聞かせるようにつぶやく娘溺愛パパ。


「……」


 愛に年齢は関係ない。だからこそ、人は愛を愛と呼ぶのだ……『シリカサ=ノーズ』


 その瞬間、アシュの以前放った迷言が脳裏に浮かぶライオールだった。




 

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