開戦


 その宣言は、ナルシャ国のメンバーたちを動揺させるには十分だった。


「プロポーズって……言った?」「ア、アシュ先生じゃない人じゃないか? だってそんなはずない」「そ、そうよね。そんなわけないわよ」「いや、幻聴じゃないか? そんな訳ないんだから」「そ、そうだよ。そうに決まっている」


 止まらないザワつき。


 巡り巡る否定。


「あら、もちろんアシュ先生のことですけど」


 しかし、彼らの想いとは裏腹に、ナルシーは即座に偽らざる想いを口にする。


 ひねくれ過ぎ魔法使いにまっすぐな想いを。


「「「「……」」」」


 一方、彼らの胸中の想いは深い。


 なにを言っているのだ。


 むしろ、なにを企んでいるのか。


 この日は雲一つない快晴で、熱射が燦々と降り注ぐ。この熱さでおかしくなってしまったのではないか。


 目の前で対峙している一番背の低い美少女に、これ以上ないほどの恐怖と疑念抱く一同。


「な、なにを言っているのあなた?」


 リリーはナルシーに本気の疑問を投げかける。


「あ……すいません! これから対決というときに、観客に声をかけるなんて失礼でしたよね」


 ペコリ。


「その非礼を責めてるわけじゃないんですけど!?」


「実はあの人、私のお父様なんです」


「……っ」


 か、会話にならないと、数歩後ずさる。そもそも、アシュ=ダールにプロポーズしようとしているキチガイ娘。言語を解すると思う方が無謀であったかと、リリーは勝手に納得する。


 とは言え時間は待ってはくれない。


 審判が間に入って、大きく手を挙げる。


「では……始め!」


 その掛け声とともに、各国代表のメンバーが陣形をつくる。ナルシャ国側は、不能者であるシスを中心とした十字クロスを描いたような陣形。前衛に魔法壁の得意なダンを配置し、攻撃全般が得意なリリーを後衛に。サイドはミランダとジスパが補助を受け持つ。


 一方で、ナルシー率いるセザール王国の陣形は特異だった。彼女を最後尾とし、他の4人が壁となるように前衛となった。通常、一人一人が各国のエース級。その彼らが守りを買って出る。


 通常、それは悪手に思えた。こちらには、近接格闘のできるシスがいる。放たれた矢のごとく、中心から飛び出した彼女は、縦横から一気に仕留めにかかる。瞬間、魔拳である栄光の手ハンズ・オブ・グローリーが蒼の光で輝きだし、大きく腕を振りかぶる。


「はあああああああああっ!」


 込められた魔力量は、魔法壁をいとも簡単にぶち破るほど。


 あまりの早さに相手の4人は反応もできていない。明らかに、彼女の天才的な戦闘センスがもたらした奇襲だった。


 しかし。


「シス、止まりなさい!」


 反射的にリリーは口にしていた。


 彼女もまた野生的な防衛本能で叫ぶ。


 それは、論理的思考ではなく直感的な閃きから。


 その声を聞きながらも、シスは動きを止められない。むしろ、より多くの魔力をその一撃に注ぎ込む。


 そして。


 その拳は振り降ろされ……


 直前で、まるで縛られているかのように停止した。


 自身の動きが止められたことに、信じられないようにあたりを見渡す。しかし、誰もシスに魔法を放った様子はない。


 ナルシャ国のメンバーもなにが起こっているのか把握できずにいる。


「シス!」


 


 そう叫んだリリーの視線は。


 得意気なナルシーの表情でもなく。


 勝ち誇ったセザール王国の4人でもなく。


 地面で交わったナルシーとシスの影を捉えていた。









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