残念


『もう帰りません』


 元妻からの書き置きを執事に渡されて以来、リデールは娘のナルシーとは会っていなかった。というより、現在も元妻、娘との面会をすることが許されていない。彼が主導して推し進めた司法改革のおかげで、セザール王国の裁判制度は他国と比べはるかに整備されている。


 皮肉にも、裁判において莫大な賠償金と養育権をぶん取られた形だ。


 仕事が忙しいという負い目もあった。なかなか構ってやれず、寂しい想いをさせているだろうという負い目も。そして、それを見事に元妻側の弁護士に突かれて、借金生活。超大国の筆頭大臣という誰もが羨む上流貴族の地位にいながら、極貧生活を余儀なくされている。


 しかし、辛いのはそんなことではない。なによりも辛いのは、可愛がっていた娘に面会すら許されていないこと。今回の国別対抗戦代表にナルシーが選ばれたとき、迷わず権力を駆使して監督に就任した。しかし、念願叶って再会できたとき、すでに娘はアシュに心奪われていた。


「あの、言いづらいなら無理しないでくださいね」


 長々と経緯を説明するリデールに、ライオールが労う。


「……すいません、つい。セザール王国では愚痴れませんので」


「……」


 辛い。この老人にとって、教え子の不幸話がなによりこたえる。離婚、借金まみれ……そして、なにより娘によるキチガイ魔法使いの一目惚れ。そのあまりにもな身の上に、深い同情を隠せない。


「しかし……当の本人はどうされたのか……」


 リデールは斜め下の席でガチガチに固まっているエステリーゼ代行監督を眺めながら、これみよがしにキョロキョロする。


「……そうですね」


 もう、そんなことしか言ってやれない。目の前で満足気な、自信満々な、嬉しそうな表情を浮かべるリデールに相槌をうつことくらいしか。


 私見では、セザール王国を含む各国の包囲網を喰らって封じられたのだろうと考えている。そして、薄々ライオールが勘付いていることも、リデール自身も承知している。しかし、証拠がない。証拠なきものは罰せず。そして、仮に証拠があっても、弱小国であるナルシャ国が訴えたところでなんの反論にもならない。


 セザール王国の筆頭大臣もそれをわかっていて、勝ち誇った眼差しを好々爺に向ける。 


 ただ、彼が望む望まぬに関わらず……いや、大陸のほとんどが望んでいないにも関わらず、ほぼ間違いなく戻ってくるだろうと言うのはライオールの確信である。


 なので、自信満々なリデールが、逆に痛々しく見えて仕方がない。


「おっ……と。出てきたようですな」


 歓声とともに、ナルシャ国とセザール王国の代表生徒たちが入場してくる。


「どうやら娘はヤツに告白するようですよ。まあ、年端のいかない娘に告白などされても嬉しくともなんともないでしょうが」


「……そうですね」


 嬉しがる。間違いなく、絶対的に、確信的に狂喜乱舞するだろうエロロリコン教師の姿が思い浮かび、好々爺は思わず目をそらした。


「まあ、どうにせよ娘の意向には添えない結果になりそうで、嬉しいのやら悲しいのやら」


 そう言いながら凄く満足気な表情を浮かべるセザール王国筆頭大臣。


「リデール大臣……おそらくですが、アシュ先生は戻って来られると思いますよ」


 かたや、ナルシャ国元老院議長は、もの凄く言いづらそうに答える。


「ほぉ……それはなによりですな。しかし、私が聞いたところの噂によれば、そうはならないと思いますがね」


「……あの方は私の師であるヘーゼン=ハイムすらも封じきれなかった男です。そして、あのお人柄ゆえに、数限りない魔法使いが彼を封じにかかりましたが、なおピンピンとしておられます」


「……」


「なので……その……あまり、ショックでお気を落とされぬように」


「……」


 その物言いに。


 だんだん不安になってきた娘溺愛大臣。


 ライオールの読みが外れたことなど、一度としてなかった。


 もしかして……それならば……


「……開始前なのに、申し訳ありません。今は、愛娘の応援を楽しんでください……あっ、手を振っておられますよ」


 そう言ってライオールはナルシーの方を指差す。


「おとうさーん!」


「おお、ナルシー。頑張れよー」


 リデールもまた親バカぶりを発揮。大臣という身分を忘れてぶんぶん手を振る。


 微笑ましい光景。


 その仲睦まじい光景に、円形闘技場の場が和む。

























「私、決めた! プロポーズするね!」















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