圧勝


 蓋を開けてみれば圧勝だった。


 そのままシスが残りの敵に雪崩れ込み、有無も言わせぬほど高速の拳撃で沈める。もはや審判も観衆も他国の選手ですら、彼女の実力を賞賛せざるを得ななかった。


「……見事だ」


 バルガは忌々しげにつぶやいた。


「どうです? これを機にナルシャ国へ戻るというのは」


 ライオールは悪戯っぽい顔を浮かべて尋ねる。


「……」


 彼を追放したのは先代元老院議長。強引に富国強兵を推し進めるバルガに、嫌疑があがり追放の憂き目にあう。それを最後まで止めていたのがライオールという男だった。


「現状はあなたを受け入れられる度量がこの国にはありますよ」


「遠慮しておきます。この国に拾ってもらった恩義がありますので」


「そうですか……それは残念です。しかし、あなたほどの逸材を放り出したのは我が国最大の失敗ですな」


「……そちらの国はこれから大変ですな」


「ほぅ。なぜですか?」


「シス=クローゼに、リリー=シュバルツ。ナルシャ国が人材の宝庫であることを見せつけてしまった。あれだけの才能がナルシャ国のような小国にいつまでも留まっているものでしょうか」


「別に構いませんよ」


「……」


「国のために彼女たちがいるのではなく、彼女たちのために国があるのです。私たちはそれに見合う国家であろうと努力をするだけですが、見限るほどのくだらないものであれば見限ればいいのです。かつて、あなたがそうしたように」


「はぁ……残念ながら、あなたがいるうちは実現しそうにはないですね」


 ゼルフのため息に、好々爺はニッコリと笑う。


 指導者として、ライオールに勝るものは大陸中探してもそうはいない。いや、彼女たちはこの男に師事することこそ自身の実力を伸ばす最良の道だと選択するはずだ。


「どうぞ他の子たちも注目してみてください。リリーやシスよりは一歩出遅れていますが、彼らも素晴らしい才能ですよ。今後の戦いもありますので詳しくは明かせませんが」


「……ぜひ。では失礼いたします」


 無愛想に一礼して、バルガは円形闘技場を後にした。


 その入口を出たところで。


「くだらない凡戦でしたね。アレくらいの実力であれば負けて当然だ」


 ローランが笑みを浮かべながら立っていた。


「……そんなことを言いにきたのか?」


「いえ。あなたが敬愛する元教師も情報を漏らさないか確認しようと思いまして」


「愚問だな。するわけないだろう」


 アシュ=ダールの解放など、誰も得をしない。奴は、ただ大陸に災いをもたらすだけだ。


「それを聞いて安心しました。ところで、どうです? もうこの国は、ライオールさえいなくなれば終わりでしょう? どうしてもというのなら手を貸さないでもありませんよ」


「……はぁ」


 バルガは思わずため息をついた。


 誰よりも才能はあるかもしれない。


 しかし、あまりにも若過ぎる。


「どうしました? 隣国の陸軍総長であるあなたにとってはいい提案だと思いますけど」


「それほどヘーゼン=ハイムの名が重いか?」


「……」


「最高の弟子であるライオール=セルゲイ。最悪の弟子と吐き捨てたアシュ=ダール。二人を倒せば、彼を超えたという証明になるか?」


「……」


「あいにく俺はそんなお前の自己満足に付き合っている暇はない。利害が一致したのでアシュは封じた。これからは互いの国を高めて競争するだけだ」


「綺麗事ですね」


「違う。視点を大きくもてば、大国がひしめき合っているこの大陸で、小国が削りあうことになんの魅力も感じない。ただ、それだけだ」


 先ほど彼と会って、あらためて認識させられた。


「……」


「余計なお世話かと思うが、お前ももう少し視野を広げた方がいい。ヘーゼン=ハイムにとらわれずにな」


 そう言い残し。


 バルガはローランの横を抜けて行った。

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