闘争



 開始20分前の円形闘技場はすでに満員となっていた。観客たちが始まりの高揚を謳歌する中、VIP席は偽物の笑顔、社交辞令で溢れかえる。そんな中、悲痛な面持ちを浮かべて座っている美女が一人。


 急遽代行の監督を任されたエステリーゼである。


「この戦いは我がナルシャ国にとって非常に重要なものになる。頼んだよ」


 元老院議長のライオールは、彼女に柔らかな微笑みを浮かべる。国家の中枢を一手に担う彼にとって。この戦いは最も重要なものに位置づけられている。


 2回戦の相手であるギュスター共和国とは、なにかにつけて仲が悪い。政治的に言えば、目下隣の軍事国家に対する牽制が必要なところである。


「が、が、が、頑張ります!」


 一方。


 思わぬ大役を任されてガチガチなメガネ美女。対戦相手の監督は陸軍魔法総長。他国も国家元首や筆頭大臣など国家の重臣ばかりが監督を任されている状況で、ナルシャ国だけが担当レベル。


 彼女は、単なる、なんの変哲もない教師である。


 むしろ、『ライオールがやればいいのに』と密かに恨めしく思っているエステリーゼである。


「ほっほっほっ。監督である君が頑張る必要はないんだけどね。今回の戦いはアシュ先生がいないから不測の事態も起こりようがないしね」


 あの闇魔法使いは、味方にとっても毒となり得る。この戦いで仮にナルシャ国が負ければ、この大会が終わり次第攻め込まれても不思議ではない。


「……このタイミングで、あの人がいなくなったのはなぜなんでしょうか?」


「さあ。しかし、気まぐれな先生だからね」


 相変わらず穏やかな好々爺だが、その琥珀アンバーのように多彩に輝く瞳は心を見透かすことを拒絶する。全てを知っているようで、全てを知らないようでもある。敵国にとってはこれ以上厄介な相手もいないのであろう。


 そのとき。


「ライオール殿、久しぶりですな」


 ギュスター共和国陸軍総長バルカが憮然とした表情を浮かべて立っていた。大陸で初めて魔法戦士隊を配備し、軍事において多大な功績を残した男である。


「お久しぶりです。すいませんな、戦いの前にいろいろとお手間をとらせてしまって」


 好々爺は深く頭を下げる。アシュが不在となったことで、急遽監督の変更を申請した。他の国々の策にはまった懸念もなくはないが、証拠なきは罰せず。形式上は、ナルシャ国が迷惑をかけている形だ。


「いえ……しかし、アシュ監督は心配ですな」


「ほっほっ……あなたが彼の心配をするとは意外ですな」


「……相変わらず意地悪なお方だ」


 バルガは、元々ナルシャ国出身の騎士だった。その後、このギュスター共和国に亡命し、獅子奮迅の働きで陸軍総長にまで上りつめた。それから約十年もの間、彼を悩ませ続けたのがアシュ=ダールという男である。なんとか撃退しようと何度も精鋭を派遣し、自らも何度も戦いに赴いたが、結果的には逃げられた形だ。いや、むしろ運良く他国へ逃げてくれたと言ってもいい。


 そんな中、まさかこの国別対抗戦という行事でその姿を見るとは思わなかった。彼のイメージするあの男は決してそんな性分ではなかった。


「まあ、あの方の行動を読むことは私にはできませんからな。しかし、心配はいらないと考えていますよ」


「ほぉ……それは心強い」


 湧き起こる笑顔を必死で殺しながら、下を向いて頷く。ことの顛末は部下から報告を受けている。ローランに負け、闇に封じられたことも。もう、金輪際この場に姿を現すことがないことも。


「そうですな……まあ、あの方もローラン=ハイムには興味を示していましたから、それまでには戻ってくるでしょう」


「……そうですな」


「ええっと……彼のチームと、我がナルシャ国の戦いは……ほぉ、6日後ですか」


「……っ」


 それを聞いた瞬間、陸軍総長の全身に鳥肌が起きる。


 アシュが最後に言い放った日にちと、ライオールの予告した日が見事に一致していた。


 それは、偶然なのか……それとも……


「おおっと、選手たちが入場されたようですな。雑談はこれぐらいにして楽しみましょう」














 ライオールは、静かに、笑った。

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