不在

          *


 夜が明け、時刻は8時半。ナルシャ各代表のメンバーたちも起床し、宿のロビーに集合する。しかし、そこにはアシュの姿が見えない。そこにいるのは、完璧執事のミラだけである。


「まったく……寝坊だなんて。いくら自分が戦わないと言ったってあまりにも酷いんじゃないかしら」


 いつも通り、待ち合わせ2時間前から待機していたリリーが、いつもの通り苛立ちを隠そうともせずに文句を言う。8時の集合時間でも、彼女にとっては2時間半の遅刻である。


「申し訳わけありません」


「あっ……別にミラさんが悪いとは言ってないですよ。悪いのは全部あの人です」


「はい。しかしながら、主人のアシュ様に代わって皆様にお伝えしなければいけないことがございます。恐らくですが、あの方はここには現れません」


「「「……」」」


「なんでですかーーーーーーーー!?」


 金髪美少女の咆哮が、今日も高級宿に鳴り響く。


「申し訳ありませんが、私にもわかりかねます。別の言い方をすれば、行方不明ということになるでしょうか」


「ゆ、行方不明……それって、結構不味いのでは?」


 このナルシャ各代表のメンバーたちの中で唯一、彼の身の危険を案ずるシス。


「いえ。あの方にはそういうことがよくあります。ある時は自分探しに。ある時は彼女を探しに。ある時には『ちょっと幸せの青い鳥を探してくる』という妄言を吐いてフラフラと。そして、全然見つからずに面倒ごとばかり増やして帰ってくる。それが、アシュ=ダールというお方なのです」


「そ、そうですか」


「決してご心配などはしていないでしょうが、ご心配なさらずとも一週間もすれば、非常に遺憾ながら帰ってきます。私は、何度も何度もあの方が金輪際帰ってこないことを切望しましたが、一度としてその想いは叶うことはありませんでした」


「「「「……」」」」


 そう言えば全然心配はしてない、とはシス以外の全員の想いである。


「代行の監督はエステリーゼ様が登録されておりますが、その事実をお伝えした瞬間に気絶されたので、残念ながら後から合流ということになります」


「えっ、ということはエステリーゼ先生が監督に?」「……正直、アシュ先生よりは全然マシよね」「いや、最高じゃないか。むしろ、アシュ先生いない方が勝てるんじゃないか」「確かに、あの人邪魔しかしないし」「ってことは朗報……」「いや、吉報だよ」「幸運と言っても過言じゃないでしょ」


 ザワザワと。


 ジワジワと。


 アシュの不在を実感し始めたメンバーたちが、その嬉しさを噛みしめる。ハッキリ言って、この大事な本番に試練しか与えないサディスティック教師など煩わしい以外のなにものでもなかった。


「そう言った次第で、次の戦いはギュスター共和国です。私は、不本意ながら主人を探さねばならないので、試合の観戦はできませんが皆様の勝利を心より願っております」


 ミラは深々と頭を下げる。


「「「「……」」」」


 キチガイ監督はともかく、完璧執事には断固いて欲しかったメンバーたちは全員心細い表情を浮かべる。


「あと、最後にお渡ししたいものがございます」


 そう言って、全員に1つずつ配っていく。


「あ、あの……これは?」


 思わずリリーは質問した。勉強が大好きで、知識を溜めることが生きがいとなっている病的勤勉美少女が認識できなかったもの。


 真紅の剃りたった布。


 尖っているので、武器だろうかと。


「主人曰く『マフラーに決まっているだろう』とのことでした」


「「「「……」」」」


 どこが!? と全員の想いは一致した。


「こちらを着用なさって、試合に出るよう指示をされましたのでよろしくお願いします」


「こ、こんなのつけられる訳ないでしょう!?」


 ジスパが慌てて反論する。隠れお洒落女子である彼女にとって、この破滅的にダサいマフラーは、もはや罰ゲームだ。


「指示に背けば、棄権されるとのお話でした」


「……っ」


















 たとえ不在であっても、不快感を与える、圧倒的最悪教師だった。








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