敗北
<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー
それは、中ではなく、外からの詠唱だった。瞬間、光の柱が張り巡らされ、ローランを呑み込んだ闇はたちどころに霧散する。
そして。
<<<光威 咎人を 断ずる 一撃を>>ーー
<<全てを 吹き飛ばす 暴風を>>ーー
<<雷豪よ 忌まわしき 闇を 晴らせ>>ーー
<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー
光・風・雷・炎。極大魔法がアシュに向かって放たれる。
「くっ……ぐわああああああああああああああっ」
一瞬で消滅するほどの魔法を、アシュは一身に喰らった。力の強さは同時に防衛力でもある。消し炭でズタズタになり、身体は至るところが切断されているが、なんとか形だけは残っている。
辛うじて残った左目でアシュが周りを見渡すと、四方に魔法使いが控えていた。ダルーダ連合国、ギュスター共和国、セザール王国、そしてローランの所属する学術都市ザグレブ。いつのまにか、各々の精鋭が姿を現した。
「……だから言っただろう? 闇喰いを侮るなと」
苦々しげな表情をしながら駆け寄るのは、ダルーダ連合国家元首フェンライ。
「助かりました」
心の中で舌打ちをするが、それを表情には見せない。そもそも、勝ちが決まっている戦闘で、アシュとの決闘は余興なようなものだ。
「実際に見てみると、驚きましたね。不死の能力とは本物のようだ」
「クク……」
それでも。
闇魔法使いは、心地よさげに笑う。
「なにがおかしいんです? 最初からこの闘いはなんでもあり。さすがにあなただってこの包囲網を抜けられると僕は思いませんがね」
これも、ローランの用意していた罠の一つだ。あらかじめ各国の刺客を忍ばせておいて、負ける確率をゼロにする。もともと『なんでもあり』というのは、二人の間での共通事項だ。卑怯者と呼ばれる筋合いはない。
「……」
ニヤニヤ。
それでも、黙って勝ち誇ったように笑う。
「落ち着け。アレは、奴の策略だ」
「……わかっていますよ」
そう、わかってはいる。あくまで戦闘は実力を測る手段。現にやられかけはしたが、やり方はむしろ不意打ちに近い。戦略さえ変更して、次にアシュとやり合えば結果が逆になる可能性は高い。
しかし、それでも、してやられた感が拭えきれない。
「ヘーゼン=ハイムがあなたを逃した原因は、その不死性にある。完全なる封じ込めに失敗し、侵入者を許してしまった。ただ僕は、そのことを知った上であなたに挑んでいる。この意味がわかりますか?」
「ククク……」
<<無謀なる愚者に 果てなき 夢幻牢獄へ>>
そこに現れたのは、扉だった。ローランが中を開けると、そこには果てしない闇が拡がっている。アシュは両脇の魔法使いに運ばれて、乱暴に投げ捨てられる。すでに、再生し始めている両腕に、魔法使いたちは手錠をはめる。それは、ヘーゼン=ハイムが作った対アシュ=ダール捕獲用であり、一切の魔力、そして筋力を封じる力を持っている。これで、歩くことも魔法を使うこともできなくなった。
「……これは、僕の
「ほぉ、それは素晴らしいな」
「いいですね、今のうちに強がった余裕の表情をしていて下さい。数日後には、あなたはなぜ命乞いをしなかったのか後悔していると思いますよ」
「ククク……」
それでも、歪んだ笑顔を続ける闇魔法使い。
その漆黒の瞳が。
その低い笑い声が。
全ての行動がローランを苛立たせる。
「最後になにか言い残すことはありますか? 『正々堂々じゃなかった』と喚き散らすか、『多勢に無勢だった』と言い訳するかでもすれば、僕が数十年後に再戦を考えるかもしれませんよ?」
「……一週間だな」
「はっ?」
「あの忌々しいヘーゼン先生は、実に8年間僕を幽閉することに成功した。しかし、君程度のであれば、僕は一週間でここを出てみせる」
不敵にもそう言い放つ闇魔法使いだったが、ローランにとっては、むしろそれは愚かに映る。
「……不可能ですよ。誰かが助けに来てくれる可能性は万に一つもない。それは、この空間が僕だけのものだからだ。僕自らがここを開けない限り、あなたは二度と光すら見えない」
「では、賭けようか? 仮に一週間以内にここを出られなかったら、賭けは君の勝ち。僕にもヘーゼン先生にも勝ったと誇ってもいい。他ならぬ僕が認めよう。だが、僕が出られた場合は僕の勝ち……そうさな、そのときの罰はここにいる間に考えておこうかな」
「最後の言葉が強がりとは……もはや滑稽ですよ」
「ククク……」
「……さよなら、アシュ=ダール」
闇の扉は、閉められた。
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