闘い


 魔法使いの闘いは、読み合いであるとローランは考える。相手がグーを出せば、パー。チョキを出せばグー。そして、その読み合いにおいて、彼は誰にも負けたことはない。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


<<絶氷よ 勇猛なる聖女を 護れ>>ーー氷の護りアイス・タリスマン|


 闇魔法使いから放たれた大きな炎を氷の壁で即座に相殺し、


<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 続けざまに光属性の魔法で応戦する。


「うおおおおおおおっ」


 アシュは魔法壁を張ることなく、横に飛んでなんとか躱す。


「ふっ」


 その瞬間、ローランは笑みを浮かべる。対抗する属性魔法で応戦できないのはシールの速度において、優位に立ったということだ。それは、今後あらゆる属性の魔法において後だしができ、いかなる属性においても相殺できるということを示している。


「はぁ……はぁ……ふっ」


 必死に魔法を避け終わった後、闇魔法使いも負けじと笑った。


 その笑みに、大した意味は、ない。


 思わず強がるほど、ローランのシールの速度は優れていた。光属性を持たぬアシュは、ハンデを持っている。その分、魔法の性能においては大幅に上回っていなければならないがアテが外れた。


「……まあ、なんとかなるか」


 そうつぶやいて。


<<冥府の業火よ 聖者を焼き尽くす 煉獄となれ>>ーー煉獄の大火ゼノ・バルバス


 火・闇の二属性魔法を放つが、


<<氷刃よ 烈風で舞い 雷嵐と化せ>> ーー三精霊の暴虐トライデント・ヴァロス


「ぐわあああああああっ」


 水・土・木の三属性魔法で応戦され、相殺どころか反撃を喰らう。氷と雷が入り混じった小規模の竜巻でアシュをズタズタに切り裂く。


「あなたの魔法の実力はこんなものですか?」


 血だらけの闇魔法使いを愉快そうに眺めながら、ローランは次の魔法の詠唱チャントに入る。もはや、この優位は崩れようがないと相手を完全に仕留めにかかる。


「はぁ……はぁ……」


 激しく息をきらしながら。


 アシュは全く別の思考を描く。


 彼は、こう考える。


 魔法使いの闘いは、騙し合いだ、と。


 例えば、


<<業火よ 愚者を 煉獄へと滅せよ 雹雪よ 嵐となりて 大地と 鋼鉄の力となれ>>ーー蒼天の誓いセナード・ストライク


 ローランの放った渾身の四属性魔法を。


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 アシュの魔法が凌駕するような。


「くっ……」


 一瞬、たじろきを見せた黒髪の青年。誤算の理由はアシュの描くシールにあった。先ほどまでは、素晴らしい精度だった。


 しかし、今回描いたシールは息が止まるほどの美しい。


 シールの精度は魔法の威力を相乗する。ローラン自身のシールが拙く見えるほど、アシュのそれは際立っていた。


<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


 急ぎ光の魔法壁を張り難を逃れる。瞬間、安堵の表情を浮かべてローランが前を見る。


 が。


「すまないね……も嘘なんだ」


 闇魔法使いは笑い。


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 極大魔法を連発する。


「う、うおおおおおおおおおおっ!?」


 思わず叫んでいた。


 そして。


 あらゆる防御の選択肢が思い浮かぶ中、どんな魔法でもそれを防ぐ可能性がないことを悟る。唯一防御可能な聖闇の魔法壁ですら、それを張る時間はない。


 アシュは意図的に実力を隠していた。


 ローランの魔法は予想以上に強く、早かった。光属性を使えぬ彼は即座に戦略を切り替え、8割ほどの力で戦い抜くことを決断する。実際、彼はどんなに傷ついても本気を出すことはなかった。相手は若く、負けることを知らない虎だ。自分よりも実力が上だとは微塵も思ってはいない。それは、油断というほどのものではない。その才能ゆえの生き方が、必然的に、導きだした結果だ。


 現に彼の戦略にミスはなかった。いきなり聖闇魔法を使わなかったのも、相手にダメージを加え避けられないようにするため。奥の手をトドメにすら使用しなかったのは、かなりクレバーなタイプだと言っていい。


 しかし、闇魔法はその性質すら利用し、騙す。


 一瞬。


 全ては一瞬のため。


 ローランは見事に騙され。


 闇魔法は、光の魔法壁を莫大な漆黒で呑み込んだ。


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