宿屋


 国別魔法対抗戦というイベントのために、各国の代表生徒たちが、長期間の宿泊を余儀なくされる。そのため、当然、首都ジーゼマクシリアには宿泊施設が準備され、それはホスト国のチームであるリリーたちにも同様であった。


「君たち……合格だ。さすがは、僕の生徒だと今回ばかりは言わざるをえないな」


 特別クラスの生徒たちが宿泊する部屋のこ洒落た椅子に、アシュが満足げな表情で座っている。机の上に用意されているのは、高級シャンパンと高級感満載の軽食。


「……それは、どーも」


 明らかに警戒心を剥き出しにしながら、リリーは一応お礼を言っておく。


「シス君もだ。君は、再戦時には出場できなかったが本来ならば最初の戦闘で勝っていた戦いだ。なにも気に病むことはないよ」


「は、はぁ」


 別に、なんも気に病んでもないシスは、とりあえず相槌を打つ。


「ジスパ君も、ミランダ君も。リリー君との連携は見事だった。彼女に合わせるのには、相応のレベルと柔軟性が必要だ。それを、他のメンバーとも息を合わせてできるなんて。君たちの調整能力には本当に頭が下がるね」


「「あ、ありがとうございます」」


 二人とも、他の子たちと同様にお辞儀をする。


「本当に今日はよくやったね。お疲れさま」


「「「ありがとうございます」」」


 あまりの豹変ぶりに、クラスメイト一同、なにを企んでいるのかと訝しむ。


「ああ、本当にね……」


「「「……」」」


「……」


          ・・・


 生徒たちの想いは一致した。


 この人は、いつ、帰るんだろうか。


 この部屋は、特別クラスの女子が団体で宿泊する大部屋だ。彼女たちが疲労困憊の中帰ってきたとき、すでに闇魔法使いが座っていた。


「あ、あのアシュ先生?」


 優等生のジスパが口火をきる。


「なんだい?」


「私たち、もうソロソロ寝ようかと思ってるんですけど」


「ふむ……まだ20時をまわっていないと言うのに。割と早く寝るのだね君たちは」


「は、はい。明日も早いことですし」


「食事は済ませたのかね?」


「え、ええ。まあ、軽くですけど」


「軽くか……まあ、幸いここには少々食べ物がある。普段は、君たち貴族と言えど気軽に買えぬものだが、今回は特別だ。わけて、食べても構わんよ」


「……ありがとうございます」


 そうお礼を言いながら、生徒たちの想いは再び一致した。


 誰が食べるか、馬鹿野郎。


 先ほどの戦闘の反省会で、メンバー全員に毒が盛られていることが判明した。今回闘ったダルーダ連合国チームから可能性、他チームの可能性、さまざまな可能性を検証した結果、キチガイ監督が毒を盛った可能性がほぼ100%であるという結論に至った。


 が、証拠などもちろんない。


 責め立てたところで、いつものようにしらばっくれるだけ。


 だから、もう今回の件はあきらめて、とにかく彼からの警戒を解かずにおこうと反省会を終えたところで、この提案である。


「どうしたんだい? 食べないのかい?」


「い、いやぁ」


「ふっ……毒が入っている訳でもない。まあ、強いていうなら、夜食は身体に少々悪いというくらいだね……ククク……」


 全然面白くないジョークを口に挟みながら、アシュは皿にもりつけられたチェダー・チーズを口に挟む。


「「「……」」」


 テメー、毒、いれたじゃねーか、と生徒全員は思った。


「ほら、見たまえ。マッシュ・ポテトにサラミ。ブルーチーズ。クロワッサンもあるし、健康志向にはサラダ。もちろん、料理は全て執事のミラが作っている。まあ、シャンパンにはアルコールが少々入っているが、今日は、僕の視力は悪くてね……ククク」


「「「……」」」


 しかし、アシュの提案に手を伸ばす者はいない。むしろ、絶対に毒物であるとの確信を新たにした。


「……まあ、無理にとは言わないが。ちょっと、男子側の方も覗いてくるか」


 誰もなにも反応しないのを確認し、闇魔法使いは心なしか寂しい背中を向けながら大部屋を後にした。


 廊下にて。


 並んで歩く、有能執事は無言で歩くアシュにぽそりとつぶやいた。
















「パーティがやりたいんでしたら、そう言えばよろしいのに」




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