幕間 包囲網
一回戦終了後、誰もいなくなった円形闘技場で佇むのは、ダルーダ連合国国家元首フェンライ。
「……決断してくれましたか?」
月明かりに照らされた中、黒髪の少年が、後ろから声をかける。
ローラン=ハイム。史上最強の魔法使いヘーゼン=ハイムを継ぐ者として第一に挙げられる魔法使いである。その風貌も、魔法力も、仕草や性格すらもヘーゼンと酷似している。
「……本当にアレをなんとかできるのだろうな?」
「ふっ……倒せようが倒せまいが、あなたに選択肢などあるのですか? まあ、僕はどちらでも構わないですがね。彼の言う通り、閉会式で豚の鳴き真似をして回れば、あなたはある意味歴史に名を残しますよ」
「ブヒッ……」
元豚侯爵は相変わらずの豚鼻を鳴らし、口惜しさを表現する。
「だいたい、もう『闇喰い』などと恐れるような時代じゃないんですよ。月日は流れ、すでに古き遺物になっていることに、未だあの闇魔法使いは気づいていない」
不敵な笑みを浮かべて答えるローランに、フェンライは言いようのない不安が広がる。
「古き遺物? 馬鹿を言え。今なお、稀代の闇魔法使いとして君臨し続けている化け物を。史上最強の魔法使いヘーゼン=ハイムに狙われて、生き抜いてきた者がいるか」
この少年は、あまりにも無知で無謀だ。権謀術策を生き抜いてきたフェンライは、どちらかと言えばアシュ=ダール側の人間だ。彼の心の天秤は、豚の鳴き真似をしながら公衆の面前を這うと言う圧倒的羞恥的な未来に傾く。
「あの闇魔法使いには、あまりに欠陥が多すぎる。光の魔法が使えないなんて、弱点そのものじゃないですか?」
「……」
若き麒麟児が時代を変える光景を、フェンライは幾度となく目撃してきた。ローランは間違いなく、その部類に入る器だと言える。
「……ふぅ。あなただって、かつてはダルーダ連合国に革命を起こした一人なんでしょう? 時代というのは、そうやって変わっていくものなんですよ」
「……」
そんな時期もあった。あの闇魔法使いに媚びへつらって生きてもなお変えたい世界があった。しかし、それも一時的なこと。
「まあ、保身にまみれてしまったあなたみたいな人にはより大きな保証が必要なんでしょうね。出てきてください」
呼ばれて入ってきたのは、セザール王国筆頭大臣リデール、そしてギュスター共和国陸軍魔法総長のバルカ=グンゼ。
「……なぜ」
ダルーダ連合国が破れた今、実質セザール王国とギュスター共和国は優勝候補筆頭に挙がる。あえて、あの魔法使いなど無視しない理由がわからない。
「アシュ=ダールは、我々大国共通の厄介者だ。そこで、助力をお願いしたのが、ローラン殿だ」
リデールが腕を組みながら答える。
「……」
「我ら大国とヘーゼン=ハイムを継ぐローランとの包囲網。あなたにはこれ以上ない提案でしょう?」
バルカは明らかに嘲りを隠したような表情で微笑む。それは、明らかにフェンライのことを見下したものだった。
「……見返りは?」
「見返り? なにを言っているですか。我々は協力者ですよ。目的は『闇喰い』を再び封印することのみ」
「違う……ローラン、貴様への見返りだ」
フェンライは、視線を黒髪の少年に移す。
「なにも」
「そんなわけあるまい。貴様はなんの見返りもなしにアレに挑むというのか?」
大方、出来レースの談合だとフェンライは推測する。ローランが所属する学術都市ザグレブは、国家という枠組みを持たない独立都市だ。確かに優勝候補ではあるが、人材としては彼以外に脅威となる者はいない。この二国に交渉できれば、上手くこのトーナメントを勝ち上がれるのは間違いない。
「別になにも」
興味なさそうにローランは答える。
「なにも……嘘をつけ。別に恥ずかしいことではないから、隠さなくてもいい」
「それはあなたの発想でしょう? 見返りなどと、僕は恥ずかし過ぎて、その場で自害したくなりますね」
「ブヒッ」
な、なんて嫌な奴だと元豚侯爵は鼻を鳴らす。
「まぁ、敢えて言うとすれば……気に入らないんですよ」
「……どういうことだ?」
「ヘーゼン=ハイムが奴を捕らえきれなかったと。それを聞くことは、酷く、鬱陶しいです」
「……」
「ふっ……まあ、見ててください。要は一人の闇魔法使いを狩るだけでいい。至極簡単な仕事ですよ」
ローランはそう言い残し、円形闘技場を後にした。
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