癒天使


 癒天使レサリヨン。大きな翼を生やし、純白ローブをまとった少女の風貌をしている。権天使で、低位ではあるが強力な天使である。主に防御に優れており、治癒魔法、魔法壁などを得意としている。


「ブヒ……ブヒヒヒ」


「ククク……」


 取り乱したフェンライの豚鼻を、心地よさげに聞くアシュ。


 砂嵐を巻き起こして視界をくらました時、ミランダ、ダン、ジスパはその身を呈して、魔法の矢マジック・エンブレムからリリーを守った。同時に彼女に触れることで、彼らの残った魔力を彼女が使えるようにしながら。


 重傷を負いながらも、死ぬことはないという確信はあった。まずは、魔法の矢マジック・エンブレムそのものが人を死に至らしめるほどの威力がないこと。そして、視界をくらまして分散させることで直撃することがなかったこと。


 癒天使を召喚できるのはリリーだけ。作戦を伝えられた3人は躊躇なく自らの仕事を全うしてみせ、彼女はその期待に応えてみせた。


「甘ったれた友情などではない。互いの実力を認め合っているが故の好敵手ライバルであればこそ。これが、僕の掲げるチームワークなのだが、どうかな?」


「ブヒッ……ブヒヒヒッ……」


「おや、予行演習かい?」


 依然として乱舞的豚鼻を繰り広げるフェンライを、ここぞとばかりに追い詰める性悪魔法使い。


 一方、レサリヨンは即座に魔法壁を張り巡らし、リリーたちの治療を行う。『凱歌の導き』。対象の傷はおろか、身体の異常すらも治療する範囲魔法である。


 回復したナルシャ国の生徒たちは、みな安堵した表情を浮べ、ダルーダ連合国の生徒たちは動揺を隠せない。


「くっ……落ち着け。もう、奴らに余力はない。あとは癒天使を討つだけだ」


 主将であるルードが檄を飛ばし、チームメイトを鼓舞する。


 が。


<<氷刃よ 烈風で舞い 雷嵐と化せ>> ーー三精霊の暴虐トライデント・ヴァロス


 放たれたのは、水・土・木の三属性魔法。


 放ったのは、もちろんリリー。


 癒天使が行った治癒魔法は、アシュに盛られた毒そのものを浄化していた。


 ダルーダ連合国の生徒たちが張った魔法壁を一瞬にして粉々にして、5人は氷の矢アイス・エンブレム雷の矢エレキ・エンブレムが入り混じった小規模の竜巻に巻き込まれた。


「「「ぐわあああああああああああっ」」」


 勝敗は一瞬。


 ダルーダ連合国の生徒たちに為す術などなかった。


「ブヒ、ブヒヒヒッ……」


「おや、リハーサルかい?」


 これでもかと鳴らすフェンライの豚鼻を、至福の表情で見つめるアシュ。


「こ、こんなのは認めない! こんな……こんな……」


「おや、判定に不服かい? なら、審判たちに申し出て、再戦をするかい?」


「ブヒッ!? ば買収などとっ、そんなことは決して……」


「ククク……僕は君の友達だよ? そんな僕が君のやることを理解していないとでも? 僕は君のことをわかっているよ。全部……ぜーんぶね」


 闇魔法使いは、大きく目を見開いて、ダルーダ連合国国家元首を眺める。


「ひっ……」


「いいよ、何度でもやろう。何十回でも、何百回でも僕は再戦を了承するよ。君が納得するまで、何度でも何度でも……まあ、結果は変わらないと思うがね」


「……」


「逆に、君も僕のことを理解してくれてるだろう? 僕は約束を重んじる性格であることを。約束を破った者がどのような末路を辿るかということを」


 漆黒の瞳に見つめられて。


 身の毛のよだつような、尋常でない瞳に。


 フェンライは、巻き起こる悪寒を抑えきれない。


 この男からは、逃れるすべはない……いや、逃れるための唯一の方法は一つ……死のみ。


「……負けだ」


「おや、なんと言ったかなフェンライ君。聞こえなかったな?」


「ブフッ……ダルーダ連合国の負けだ! 我が国の敗戦を宣言する」


 そう叫んだ途端、会場全員が湧き、矢のような歓声がナルシャ国の生徒たちに降り注ぐ。


「よろしい。で、負けたときの条件を、まさか忘れてはいないよね?」


「……ああ。しかし、それは閉会式まで待ってくれ」


「ククク……君は本当にいい趣味をしているよ。より注目度の大きいエンディングに披露したいとは。わかった、楽しみにしておく」


 喜び、抱き合うリリーたちを愉快そうに見つめながら、アシュは円形闘技場をあとにした。



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