代償


「では……はじめ」


 審判のかけ声と共に、再戦の火ぶたは切られた。ダルーダ連合国の生徒たちには、もはや油断はない。彼らは再びポジショニングを取ってナルシャ国の生徒たちと向かい合う。


「ごめーん。頑張れー」


 監督のキチガイ采配のせいで外されたシスの能天気な応援が、妙にイライラするメンバーたち。それもそのはず、現時点の勝算は絶望的。先ほどの戦いは、おおむね作戦通りだったと言ってよい。魔法使いが苦手とする接近戦に特化した格闘美少女を入れることで、拮抗した戦いに終止符を打つ。ルールブックがボロボロになるほど読み込んだリリーは、それが問題ないことを確信していた。あくまで、ピンチになった時の秘密兵器で、まさか一回戦で使うことになるとは思わなかったが、それでも勝つことができた。


 しかし、それもアシュの気まぐれによって、おじゃんになり、何も残らなかった。魔力もすでにスズメの涙ほど。絶体絶命、光明なし、それでも闇魔法使いは『勝てる』とのたまう。


「……どうやって」


 この状況で若かりし頃のアシュは。


 知らぬ間に、リリーは彼の行動を追跡トレースしていた。勝利の可能性を模手繰り寄せるために。その脳内は激しく駆け巡る。ぐるぐるぐるぐる……相手のことを注視しながらも、思考はめまぐるしく、そして異常なほど。


 なにかを得るためには、代償がいる。アシュが言い放ったこと。戦いとは生存のため……しかし、正々堂々と戦えと意見を翻す……矛盾、いや、矛盾してはいない。なぜか? 求めるものが違うから。それはなんだ? 得るものは勝利。その代償は……


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム

<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 その最中にも魔法は放たれる。反射魔法をされてもいいように、数で押す作戦に切り替えてきた。ミランダ、ダン、ジスパは各々魔法壁を張り巡らせる。


「ダン、精霊召喚は!?」「いや、魔力が足りない!ミランダ、いい闇魔法はないか!」「ないわよ、そんな都合のいい魔法!」


 防戦一方ながら、罵倒しあうような会話が聞こえる。周囲から見れば喧嘩のようなそれが、彼らの日常であった。


 そんな中、リリーが一人、彼らの影に隠れてひたすら思考している。やはり、ここは彼女しかいない。ミランダ、ダン、ジスパの思考は見事に一致していた。


 やがて。


 リリーが、口を開いた瞬間、3人の顔色が変わる。


「みんな……お願い」


 有無を言わせる時間もない。彼女は、ただ信じ、その瞳をつぶって詠唱チャントを始める。


 そして。


 彼らの魔法壁が壊された瞬間、3人は地面に向かって魔法を放った。


<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム


 放たれた風の刃が、地面の石壁を砕いて砂嵐を巻き起こす。観客たちの視界はふさがれて戦う者たちの物音のみが響き渡る。


「ブフッ! 目くらましのつもりか!? やはり、あんたの生徒は卑怯だ……しかし、無駄なことだ」


 観客席のフェンライが嘲ったように笑う。しかし、それは彼だけでなかった。またしても、不意打ちを狙うのかと呆れ返る者もちらほら。


 確かに、ダルーダ連合国生徒たちは素早かった。3人で防御の魔法壁を張って残りの2人が魔法の矢マジック・エンブレムを無数に放つ。それも、四方八方に、間隙など一ミリもないほどに。もはや、ナルシャ国の生徒たちに魔法壁を張る余力がないことは確信していた。だからこそ、目くらましを使った奇策に出たのだと。


 すでに、逃げ場のないほどに魔法の矢マジック・エンブレムを放つダルーダ連合国の生徒たち。案の上、魔法壁を唱える詠唱チャントは聞こえない。


「ククク……」


 一方。


 アシュもまた笑う。


 砂埃が晴れた光景を眺めて。


 血だらけの生徒たちを眺めて。


<<白き羽よ 空より 聖なる徴を 示さん>>


 血だらけのダン、ジスパ、ミランダに手を添えられながら、リリーが唱えて、地面に六芒星を放つ。


 その白い光は天空に舞い上がり、大きな翼を生やし、純白ローブをまとった少女が出現した。


「はぁ……はぁ……癒天使レサリヨン」


 額から血が滴り落ちている金髪美少女は、フラつきながらも笑った。

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