余裕


 金髪美少女は、耳を疑った。言葉としては、頭に入っていたが、己の倫理感、常識を照らし合わせ、結果として俄然理解が及ばなかった。


「アシュ先生……あなた、今、なんて言いました?」


「ふっ、リリー=シュバルツ君。相変わらず、耳が悪いな。相手は再戦をご所望だ。さっさと準備を整えたまえ」


 幻聴ではなかった。どうやら、幻聴ではなかったようだ。


「なにを言ってるんですかーーーーーーーーーーー!?」


 その叫び声は、円形闘技場全体に響き渡った。


「あ、相変わらずとんでもない声量だな」


「あなたが変なことばっかり言うからでしょう!? シスが全員倒したんです! どっからどう見たって私たちの勝ちです! 再戦なんてする必要どこにあるんですか!?」


「変なことを言っているのは君だろう!? 僕は君たちの監督だよ? 君たちを煮ようが焼こうが好きにしてもいい訳だ。そんな僕に口答え? ちゃんちゃら可笑しいよ。この稀代の天才魔法使いに監督して頂いている幸せを噛み締めながら、頭を垂れて全てに対し絶対服従したまえ!」


「……」


「ふっ……論破」


「あまりの最低さで二の句がつけなかっただけだと思いますが」


 隣のミラが、ジト目を浮かべながら主人にダージリンを注ぐ。


 もちろん、観客全員もこのやり取りを注視している。この短いやり取りの中で、一つわかったこと。


 この監督は、間違いなく、最低である。


「とにかく、僕は己の決断を覆す気はない。従えないのなら、結構。まあ、当然この試合は棄権という結末になるがね」


「ぐっぐぎぎぎぎぎっ……」


「リリー様、無駄です。この方は敵に回すと、厄介この上ないですが、味方にすると、より厄介なお方なのです」


「ふっ……さすがは我が執事」


「……」


 ほめてねーよ、とはミラの偽りなき感想である。


 アシュは、やれやれと、仕方なさげに首を振りながら立ち上がる。


 その仕草には、特に意味はない。


「さて……審判の方々。こちら側の意見もまとまったところで、もう一つ提案がある。君たちの言い分だと、シスが反則だという事だったね?」


「え、ええ。これは、我が審判団の総意でありナルシャ国側では非常に不本意でしょうがーー「いいよ」


           ・・・


「「「えっ?」」」


 審判団が思わず聞き返す。


「「「えっ?」」」


 リリーたちもまた。


「……」


 執事のミラは、ただ、淡々とジト目を浮かべる。


「聞こえなかったのかい? だから、君たちの愚鈍な意見を一万歩譲って受け入れてあげるということさ。シスは、この戦い、棄権でいい」


「「「……ええええええええええええっ!?」」」


 一斉に叫ぶナルシャ国チーム。


「な、なにを言ってるんですか先生!」「再戦だけじゃなくシスまで!」「勝てる訳ないじゃないですか!」「アシュ先生……私、戦いたい」「バッカじゃないの! バッカじゃないの! バッカじゃないの! バッカじゃないの!」


 代表の生徒たちが(特にリリーが口うるさく)猛抗議を始める。


「僕なら勝てるよ」


「「「……っ」」」


 一言。


 闇魔法使いは、ただ一言で黙らせる。


「僕が君たちと同じ年頃で、同じ状況で、同じような敵にも打ち勝ってきた。もちろん、君たちの今の状態もわかった上で発言しているよ」


「「「……」」」


「はぁ……君たちは悔しくないのかね? 正々堂々と闘い、勝ったのにも関わらず反則などと言われて」


「そ、そりゃ悔しいけど……」


 思わず下を向くリリーの心を見すかすように、アシュは大きくその瞳を開く。


「けど? シスなしでは勝てそうにないからあきらめるかね?」


「……っ」


「さっきも言ったが、君たちは僕の生徒だろう? それならば、審判への抗議などという見苦しい振る舞いはやめたまえ。むしろ、これぐらいはハンデ。その上で、完膚なきまでに叩きのめす。それが紳士たるものの振る舞いではないか?」


「か、簡単に言って!」


「もちろん。君たちがやれるという信頼が故だよ」


「えっ……」


「僕はできないことは言わない。僕に言えることはただそれだけだ」


「「「……」」」


「さあ、やるのかね? やらずに逃げ出すのかね?」


 闇魔法使いは、席に座ってダージリンに口をつける。


「や、やってやるわよ!」


 悔しそうにしながら、プンプンしながら、しかし、どことなく頬を赤らませながら戻っていく金髪美少女を愉快そうに眺めながら。


「フェンライ君」


 横であんぐり口を開けているに小太り声をかける。


「な、なんだ?」


「先ほどの賭け……受けよう。僕が負ければ、この円形闘技場中で、豚の真似をやってやろう。無論、紳士らしく堂々とね」


「……正気か?」


「ああ。女王クイーン落ちでは不満かね?」


「バカな。やるに決まっている」


「まあ……君にとってはご褒美かもしれないが」


「ブフッ! そ、そんな訳ないだろう! せいぜい覚悟しておけ」


「……君こそ覚悟しておけ。僕の生徒たちの美しき勝利にケチをつけた代償をね」


 冷たい言葉で。


 漆黒の瞳で。











 アシュは不敵に笑った。

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