再戦



「異議あり!」


 沈黙を破ったのは、フェンライ。観客席中に響くような、まるで叫んでいるかのような声をあげる。そして、それに呼応したかのように、審判団が中央に集合し、議論を始めた。


「この国別魔法対抗戦で素手で倒すというのはどうだろうか?」「ルール上では、相手が倒れたら負けという条件だけだが」「うーむ、このようなことは異例すぎて」「無効でしょう。魔法を使っていない者の打撃など全く意味をなさない」


 買収された者たちが、それとなく再戦を示唆するような言葉を挟み、次第にではあるが、ダルーダ連合国側に誘導されていく。観客席の中にも紛れており、こちらも再戦の雰囲気が出来上がっていく。


 やがて、買収筆頭株の審判長がVIP席に寄り口を開く。


「ナルシャ国側のシス選手が魔力なしでダルーダ連合国の選手たちを倒しました。この戦いは、単なる決闘ではなく互いの魔力の優劣を競うための戦いです。そのことを考慮し、再戦を行おうと思いますがどうでしょうか?」


 その瞬間、観客席から沸き立つ歓声。


「当然だな。むしろ、卑怯な手を使うナルシャ国の生徒たちにはペナルティすら与えるべきだと思うが」


 フェンライは、満足気に頷く。


 他国のVIPもまた反対意見はない。彼らの生徒たちもまた格闘を不得意とする生粋の魔法使いたちばかりであり、格闘戦を得意とする生徒は少ない。


 もはや、流れは完全にダルーダ連合国側であり、もはやその意見に反対するほど空気の読めない者は……


「異議あり!」


 いた。


 リリー=シュバルツである。大勢が決する中で、真っ直ぐに手を伸ばして反対を述べる金髪美少女。ルールの鬼、ミス・ルールブック、ルールと婚約している女、ルールの女。この異常なほどルールまみれの異名たちは、彼女の尋常でない真面目さを物語っている。


「ブフッ! 生徒の身分で異議など認められる訳がないだろう!」


 嘲笑混じりに怒鳴り散らす元豚侯爵にも、その深緑色の瞳には一片の陰りはない。


「たとえどんな身分であろうと、間違っているものは間違っています! 私たちは、この国別魔法対抗戦のルールを熟読し、シスの攻撃は問題ないと断言できます!」


「な、なにを……「まず、第一に。格闘戦をこの戦闘で使ってはいけないというルールはありませんでした。そして、『シスが魔力を使わずに敵を破ったという』あなた方の的外れな指摘。それも全く間違っています」


「ど、どう違うというのだ!」


 数歩後ずさりするフェンライに、リリーはシスの装着している手袋を高々と掲げる。


「これは、魔道具です」


 栄光の手ハンズ・オブ・グローリー。アシュが不能者であるシスのために作った魔道具である。彼女は自らの体内に宿す物質のせいで、詠唱チャント時に魔法が放出できない特殊な体質を持つ。そこで、天才研究者はそれなしでも体内の魔力を放出できる道具を与えた。効果としては、いわゆる魔剣の類と違いはない。


「シスの拳撃のスピードがあまりに早くて見せれませんでしたが、仮に簡易的な魔法壁で防ごうとしても、シスの魔力で粉砕できていました。それをお見せできなかったのは、彼らが未熟であるからで、決してシスが悪いわけじゃありません!」


 これ以上なく声高々と主張するリリーに、観客、審判団も一様に沈黙する。


「クク……」


 ここで。


 アシュが低く笑った。


「リリー=シュバルツ君の言うことは残念ながら正論だね。確か、このルールを作ったのは、君たち審判団だったよね?」


「……っ」


 その漆黒の瞳に見つめられて。


 彼らは、ビクりと肩を動かす。


「君たちが作ったルールに則って行動した彼女たちに異議を申し立てるなど、自らの無能を口にしているようなものだ。本来であったら、即座に責任をとって辞任してもらいところだ」


 その闇魔法使いの言葉に、反論する者は誰もいない。


「「「あ、アシュ先生」」」


 特別クラスのメンバー、全員、感動。普段から猛烈に性格の最悪さだけが際立っていたが、いざ味方になるとこれ以上頼もしい人もいない。


 リリーもまた例外ではない。ましてや、自分が絶不調の事態。なんとしてもここで終わらせなければいけないというところでの助け舟。あまりにも感動して彼女は一筋の涙を流す。


「……アシュ先生。私、見直しーー「まあでも再戦はいいよ」













 空気の読めない男が、空気の読めない発言をした。




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