買い物


 名門ホグナー魔法学校及び周辺の街では、まるで祭りイベント前のような準備が執り行われていた。この名誉ある戦いを観戦しようとする観光客、また各国の要人などが落とす金は莫大なものになる。まして、自国代表である特別クラスの生徒たちが優勝しようものなら、その経済効果は計り知れない。実にナルシャ国中の期待が、彼らに集まっていた。


 そんな中、シスとリリーの仲良し二人組が首都ジーゼマクシリアに到着した。国有数の規模を誇る大都市であり、都心部は、大陸を代表する美しい建物が立ち並ぶ。


「す、凄い騒ぎね」


 リリーが人混みの勢いにおされて、たじろぐ。通りには大道芸人や音楽家たちがパフォーマンスをしており、屋台なども立ち並び、街は活気で溢れていた。


「う、うん……早く買い出しを済ませて帰ろっか」


 シスはどちらかと言うと静かな雰囲気を好むタイプだ。特別クラス内で『特訓をしよう』と言う話になり、もちろん言い出しっぺのリリーに半ば強引に連れてこられた形だが、早くもその決断を後悔し始めていた。


 その時、


「なんだと、この野郎!」


 怒号のような声が響き、一瞬ではあるが静寂が訪れる。


「うるさいなぁ……本当のことを言っただけだろう?」


 応じた声の方を振り向くと、黒髪の青年がガラの悪そうな店主に摑みかかられていた。しかし、黒髪の青年は動じることなく、鋭い眼光を飛ばしている。そのあまりも整い過ぎた顔立ちは、どこか冷たい印象を抱かせる。リリーたちと同じ年頃だろうか……ただ、その制服らしき緑色の法衣は、近隣のどの学校にも当てはまらないものだった。


「ちょっと、どうしたの!?」


「リ、リリー!?」


 事件あるところには首を突っ込まずにはいられない、野次馬魂爆発美少女である。最近では、『事件あるところ、リリーあり』と、近隣の護衛団から睨まれている始末だ。


「おっ、嬢ちゃん。聞いてくれよ、この男が、この石が偽物だって言うんだ」


 店主らしき男は不満げな表情で、リリーに石を手渡す。表示には、『ムガン石』と書いてある。


「むー……まあ、質は悪いけど、ムガン石じゃない? 質はすごく悪くて、この値段はあり得ないと思うけど。いつか、こういう悪徳商人は淘汰されると思うけど、別に法律違反を犯しているわけじゃないし」


 その男よりも失礼なことを、堂々と言ってのけるリリー。さすがの店主も、女の子に摑みかかるわけにはいかないので、そのスキンヘッドの額に怒りマークを入れるに留めている。


「君は鑑定士か?」


 しかし、黒髪の男は、冷めた表情を崩さない。


「いや、違うけど」


「じゃあ、黙ってもらえないか。関係ないだろう?」


「なっ……あんただって関係ないでしょう!」


 リリーの頭に怒りマーク、一つ。


「あるよ」


 黒髪の男は、徐ろに鞄から書類を取りだした。


「なによ、これ?」


「国際宝石鑑定士の証明書だ。僕が偽物だと見なしたら、間違いなく偽物なんだよ。通りすがりの100人に聞いてみろよ。通りすがりの頭悪そうな野次馬女と鑑定士の僕と、どちらを信じるか。まあ、言わずもがなの結果だろうけどね。部外者は引っ込んどいて欲しいな」


「グッググググググ……」


 な、なんて嫌な奴なんだ――どっかの誰かさんにソックリとは、文句なし野次馬100パー美少女の感想である。


「聞こえなかったのかい? 僕はこれからこの店主を衛兵に突き出さないといけないんだよ。部外者は、引っ込んでろ、バーカ」


 プチっ……


「おじさん……はい」


 黒髪の男に背を向け、財布を取り出して店主にお金を渡すリリー。


「ん? 嬢ちゃん、この金は」


「このムガン石の代金。いやー、いい買い物したわー。行こ、シス」


 スタスタとその場を後にしようとする二人に、


「お、おい!」


 と黒髪の男が慌てて止める。


「お前はバカか? その石はムガン石じゃないと言っているだろう」


「いいえ。この石はムガン石よ。持ち主の私がそう言ってるんだから。間違いないわ」


 100パーセント純度の満面の笑みで、答える。


「なっ……お前……」


「さ、早く衛兵に伝えてきなさいな。残念ながら、現物は私が持ってるから徒労に終わるでしょうけど」


「お前……本気でその石をムガン石だと思ってるのか? お前に正義感というものは――「通りすがりのクソ鑑定士はお呼びじゃないわよ、べーっだ!」


「……」


 シスは思った。


 さすがは、アシュ先生に鍛えられているだけのことはあるな、と。


「……お前、ホグナー魔法学校の生徒か?」


 黒髪の男はリリーの制服を眺めて尋ねる。


「だったらなによ!?」


「最低だな……君のようなくだらない生徒がいるとは。学校のレベルが知れるよ」


 そう捨て台詞を吐き、人混みの中に消えて行った。


          ・・・


「……」


 バキッ……バキバキバキバキバキバキッ……


「あ――――――っ!?」











 リリーは、握力で、ムガン石を、バッキバキにした。。




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