フンフフンフ



「フンフフンフ……」


「……ご機嫌ですね」


 禁忌の館の自室で、執事のミラが、旅行鞄を準備しているアシュにつぶやく。


「ふっ……いつ、いかなる時でも、美しい女性から賞賛されるのはいいものだね」


「それで、なぜ旅行の準備を?」


「なにを言っているんだ。君はエステリーゼの愛の告白を聞いていなかったのかい? エーゼゲーテの海はさぞや綺麗なところであろうね」


「……」


 とんでもない阿呆だ、と有能執事は思う。


 完全にライオールに踊らされているだけではないか。あんなに簡単なハニートラップに引っかかって、チョロいもチョロすぎる。しかも、少し褒められたぐらいで、なぜかアヴァンチュールまで楽しもうとしているお気楽魔法使いに、もはや脱帽の念しか抱かない。


「で……どうかな、このシルクハットを新調したんだが」


「……トータルコーディネートですと凄まじく気持ち悪いです」


「ふむ……それはおかしいな。このコートも、シルクハットも国内でも最高級品だよ。色合いだって申し分ないし……僕は逆に君のセンスを疑うね。いったい、どこが気持ち悪いというんだい?」


「人格です」


「……ふっ、ふふふふ。流石は、我が執事だ。冗談ジョークエッジが効いてるね」


「いえ、冗談ではーー「さて、そんなことよりだ。不本意にも、国別魔法対抗戦というくだらない行事の片棒を担がされることになったわけだが、どうする?」


 強引に話題の転換を図る、人格最低魔法使い。


「あの、どうする……とは?」


「はぁ、君は実に一世紀ちかくも僕の執事として働いているにも関わらず、そんなことすらわからないのかね?」


「……申し訳ありません」


 わかるわけねーだろ、バーカと言うのは、有能執事の感想である。


「あれだけ指導をしたにも関わらず、生徒たちは、このくだらないイベントに浮かれて、正々堂々などとくだらない概念をもってこの戦いに臨もうとしているのではないかね?」


「正々堂々かはわかりませんが、彼らは真剣に取り組もうとしておられます」


「ふむ……彼らの成長を促すという教師という職についている僕の仕事とはなんだと思うかね?」


「……暖かく見守り、応援することでは?」


「ミラ、君はやはり人形だな。僕にやれることと言えば、彼らの壁となり立ちはだかること。敢えて彼らの障害となり、苦難を与えること。それしかないだろう」


「本当にそうでしょうか? よく、考えてください。本当にその選択肢しかないでしょうか?」


「うん」


「……そうですか」


 ああ、こいつ言葉通じねーわ、と有能執事は思った。


「だから、僕は敢えて鬼になろうと思う。彼らの優勝への高すぎる壁となって、妨害しようと思う。これも、全て彼らの成長を願ってこそ……わかってくれたかい?」


「……全力で不本意ですが、わかりました」


 おそらく、一部……いや、大部分は彼の趣味なんだろうと、ミラは勝手に納得する。


「しかし……意外でもありました。名誉がなによりもお好きなアシュ様が、国別魔法対抗戦の優勝を諦めるなんて」


 彼は女性にモテたいと言う欲望を大陸一抱えているエセ紳士である。逆に、優勝するために他国の参加者全員に毒を盛るぐらいのことはするかと思っていた。そこは、辛うじて、生徒を守りたいという想いが勝ったのか……まあ、少しは教師らしいところもーー


「なにを言っているんだい? 優勝はするよ」


          ・・・


 部屋中に沈黙が流れる。


「……申し訳ありません、またしても、アシュ様の真意を図り損ねてしまいました」


「ふっ……気にするな」


「……」


 ニヒルに微笑みながら、口につけようとするティーカップの裏をバーンと張り倒してやりたい衝動に駆られる有能執事。


「我が特別クラスは優勝しかない。他国の無能教師に遅れを取るなどと、僕の名誉に関わる。いや、むしろ負ければ特別クラス全員を奴隷に貶めるぐらいの覚悟を持っているよ」


「……史上最低の覚悟でございます」


「ふっ」


「では……まとめさせて頂きます。国別魔法対抗戦に優勝するために一生懸命頑張っている生徒たちに対し、全力で優勝させまいと妨害して、それで優勝できなかったら奴隷にするというペナルティーを課す、という計画プランで本当によろしいんですね」


「うん」


「……かしこまりました」











 ミラは、全力で、主人の死を願った。



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