賞品

 二人がホグナー魔法学校の特別教室に戻ると、なにやらクラスのみんなが集まっていた。


「なになになにーーーーーー?」


 ダントツ野次馬系美少女リリーが、周囲の輪に突撃していく。


「いや、今回の国別魔法対抗戦は特別な賞品が出るんだって」


 最近、彼女にフラれたダン=ブラウは、興奮した様子で答える。もし高価なものであれば、是が非にでも貢ぎたいと思っている未練タラタラ男子である。


「ふーん」


「な、なんだよ。興味ないのか?」


「これは、国家の威信と名誉を懸けた戦いよ。そんな、賞品なんて即物的なものーー「至高の書らしいですよ」


 リリーの高尚な演説を遮ったのは、いつの間にか教室の端っこに佇む有能執事。


「あ、あのミラさん……今、なんて言いました?」


「国別魔法対抗戦の優勝賞品は、『至高の書』らしいと申し上げました」


 瞬間、クラス中が再び騒つく。


 至高の書。史上最強の魔法使いヘーゼン=ハイムが遺したとされる超極大魔法のシールが描かれていると言われた書物である。その威力は彼の伝説的な魔法である七属性魔法をも凌ぐのではと推測する魔法学者もいるほどだ。


「……ミラさん、その話はどこで?」


「あの……リリー様、そんなに強く腕を持たれては、差し入れのダージリンティーがーー「ミラさん! その話をどこで!?」


 リリーが、引きちぎれそうな勢いで、有能執事の手を握る。


情報源ソースは明かせませんが、彼とかなり近しい方からとだけ申し上げておきましょうか。元々、ライオール様は彼の最高の弟子と呼ばれておりましたので、至高の書を受け継ぐ後継者としては最も相応しいと言えます。この大会の成功を願っておられるあの方が、それを賞品として出すというのもあながち噂だけでもないと思われます……では」


 全てのカップにダージリンティーを注ぎ、有能執事は特別教室を後にする。


「至高の書か……なんだ、賞金とかじゃないんだな。あーあ、期待して損したーー「みんな! これは……絶対に負けられない戦いよ!」


 ダンの言葉を遮って、リリーが机をドーンと叩く。


「お、お前……これは、国家の威信と名誉だって……」


「別腹です!」


 この日、リリーは、最も大きな声を出した。見事なまでの掌返しに、一同異論を挟む余地はなかった。


「これから一週間、合宿を行います! 寝ても、覚めても、この国別魔法対抗戦の勝利だけを考えて、練習を行います! なにか、異論のある方は?」


「あっ……俺……ちょっと明日は用事がーー「なにか異論のある方は?」

「あの、だから、私も明後日……用事がーー「なにか異論のある方は?」

「その……僕も今日、これから家族とーー「なにか異論のある方は?」


 予定が合わないと言いかける生徒たちに、詰め寄ってプレッシャーをかける金髪美少女。


「お、おい! いい加減にしろよ、リリー! みんなにだって予定がーー」


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 ドッゴーン!


 リリーの放った聖闇魔法は、見事に、教室の壁をぶち破った。


「なにか異論のある方は?」


「「「……」」」


「ほっ……よかった。満場一致みたいね。さあ、始めましょうか」


 天使のような微笑みを浮かべて、優等生美少女はホワイトボードに『必勝』と書き始めた。


 こ、こんな理不尽な満場一致は見たことがない、とは生徒全員の思いである。


 そして。


 教室を出たミラが廊下を歩いていると、そこには、アシュが立っていた。


かね?」


「……はい、恐らくは、全員口になさることでしょう」


 その答えに、闇魔法使いは愉快そうな笑みを見せる。


「まったく……洞察と注意力が足りないな。目先にニンジンをぶら下げられた時には、なにかを疑わなくてはいけないのに」


「さすがに、味方である私がそうするとは誰も思わないのでは?」


「それは、死んでからも言える台詞かね?」


「……」


「味方を操る魔法など、いくらでもある。それに気づけなかった代償は払って貰わないといけないな。特に……リリー=シュバルツ君にはね」


「……」





 ミラは、嬉しそうな表情を浮かべるロリ変態サディスト魔法使いに、ため息しか出なかった。





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