不参加


 生徒全員は、まず自らの耳を、疑った。聞き間違えではないか、と。


 国別魔法対抗戦とは、その名の通り国家の代表として戦うこと。代表として選抜されるということは、その学校にとっては多大な栄誉であり、また担任においても非常に名誉であることは間違いない。そんな指名を、よもや断るなどと言う阿呆な教師は存在するわけ――


「「「……」」」


 いや、目の前の教師は、とんでもない阿呆だったと、生徒全員は思い直した。


「何を言ってるんですか! 撤回してください!」「撤回撤回!」「こんなに名誉な行事をなんで辞退するんですか!? 意味わかんない」「そもそもライオール理事長が出るって言ってるんですよ! あなたに何の権限があって」「そうだそうだ! 引っ込め」「引っ込め引っ込め!」


 嵐のような怒号に対し、闇魔法使いは「ふっ」と皮肉めいた笑みを浮べる。彼の鋼鉄の精神メンタルに、生徒の想いは一ミリたりとも響かない。


「アシュ先生。理由を聞かせてくれますか?」


 ライオールが落ち着いた表情で尋ねる。


「さすがは、我が友だ。キャーキャー騒ぎ立てる下品で野蛮な動物とは一味違うね」


「「「ぐっ……」」」


 なんて嫌なやつなんだというのは、生徒全員の想いである。


「そもそも、魔法の本質は『真理への追求』。その過程に争うことは必要なことではあるかもしれないが、それ自体が目的となることには賛同できないね」


「「「ぐぐっ……」」」


 こんな時に、ぐうの音も出ない正論を言いやがってとは、生徒全員の不満である。


「……なるほど。おっしゃる通りです。しかし、国別魔法対抗戦は生徒たちにとって貴重な経験になります。これも一つの過程として考えることはできませんか?」


 ライオールの落ち着いた説得は、生徒全員から羨望のまなざしを集める。


「国別対抗戦が貴重な経験? 冗談がすぎるな」


 ふ、ふざけんな、と生徒全員が憎しみのまなざしを向ける。


「戦いの目的は勝者を決めることではない。史上最強の魔法使いと謳われたヘーゼン=ハイム。彼がなぜ、そう呼ばれているかわかるかい?」


 アシュは、生徒たちに向かって尋ねる。


 しばらくの沈黙の後、リリーが手をあげて席を立った。


「……魔法、魔力共に最高の者だったからです」


「ククク……違うな」


「……では、なんですか?」


「最強の魔法使いとは、全ての魔法使いと闘い、ことのできる魔法使いだ。ヘーゼン=ハイムは、あらゆる魔法使いの死闘を経て、生き残った魔法使いだったのさ」


「「「……」」」


 一同、その迫力に言葉が出ない。


「彼の闘いは、エンターテイメントではなかった。この国別対抗戦のように戦闘開始の合図があり、ギブアップすれば死なずに済むようなものではない。本当の闘いにこそ、魔法使いの実力とは磨かれるもの。そうだとは思わないかね?」


「「「……」」」


「ふっ……わかっていただけたようだね。それでは授業をーー」


 ガチャ。


「はぁ……はぁ……みんな、国別魔法対抗戦に選ばれたそうね! 偉い、凄い!」


 息をきらしながら副担任のエステリーゼ=ブラウが入ってきた。艶やかな黒髪に、黒縁メガネの奥に光るブラウンの瞳が印象的なエキゾチック美女である。


「エステリーゼ先生、残念ですがーー」


 ライオールが事態を説明しようとするが、興奮冷めやらぬエステリーゼが話を続ける。


「いい? 国別魔法対抗戦って言うのは、国家の代表であり最高の栄誉よ。もっとみんな誇りなさい。アシュ先生も、素晴らしい教育ですわ。このクラスの魔力測定値も、成績も文句なしでこのナルシャ国のトップ。この数ヶ月の成績の上昇率も凄くて、本当に尊敬いたします」


 そう言いながら、ギュッとアシュの両手を握るエキゾチック美女。


「エステリーゼ先生」


「あっ、ライオール理事長。失礼いたしました、私ったら……アレ、なんかみんな表情が暗いですね。緊張してるのかな?」


「いえ……その、非常に残念なのですが、この特別クラスは国別魔法対抗戦を――「出るよ」


          ・・・













 一斉に、静寂が、訪れた。





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