ゼルフ

              *


 元々、ゼルフは正義感の塊のような男だった。融通が聞かず、曲がったことが大嫌い。貴族内に横行している賄賂などにも手を出したことがない。当然、出世などは周りよりも遅いが、それでもよかった。自分の美学に恥じぬ生き方ができれば。


 人生の転機は、デルタ=ラプラスとの出会いだった。このナルシャ国で、最も清廉潔白な男は、彼が考案する監視魔法サーバリアンに感銘を受け、資金を投資する。


 その効果は絶大だった。手始めに、サロレインカルロ城の不正を暴いた。汚職にまみれていた貴族たちは、排除され、都落ちの憂き目にあった。相対的に、どんどんゼルフの地位は上がって行った。その高い地位を利用し、監視魔法サーバリアンの範囲をますます拡げ、横行している地方貴族の不正の粛清を断行していった。


 その功績で、ますます高まっていく地位。ゼルフの周りには、彼の地位に群がってくる輩が増えて行った。その不正を正すことで、彼は全てを手に入れた。自らの信念を貫くことによって。他者の不正を暴くことによって。


               *


「ら、ライオール。怪悪魔が……すぐに撃退に向かわなくては」


 ゼルフは取り乱したように叫ぶ。


「……」


「な、なにを黙っている! ま、まさか貴様は政敵に協力できないとでも言うつもりか!? 今はそんな時ではないはずだ!」


「……ククク」


 ライオールは、心底、蔑むように笑った。


「き、貴様……もういい!」


 ゼルフは、ライオールの横を通り過ぎて、玉座の間に入った。そこには、ジルバ王が穏やかな表情で座っている。


「王! 至急ご決断頂きたい案件がございます。実は……」


「ライオールの言う通りに、せよ」


「はっ!?」


「無駄ですよ。すでに、その人形は、


 後ろから、ゆっくりとライオールが歩いてくる。


「……貴様。王になにをした?」


 震えながら、怒りを噛みしめながらゼルフは白髪の老人を睨みつける。


「あなたは自分の力を過信し過ぎましたな。デルタ=ラプラスを切った時点で、あなたの破滅は決まっていた」


 ゼルフの横を通り過ぎ、玉座の前に立つと、王は静かな表情で立ち上がり、跪いて頭を垂れる。


「なっ……」


「あなたが小さな裏切りすら許せない性格なのは、理解していましたよ。影でコソコソ行動しているデルタは許せなかったですか? 彼は用心深い男ですが、さすがにアシュ=ダールを相手にするのに手いっぱいで、自ら監視されているのには気づかなかったようですな」


「……貴様が」


 監視魔法サーバリアンには、作成者であるデルタには発動しないよう設定されていたが、ライオールは密かにそれを解除した。小さな裏切りすら見逃せぬゼルフが、彼の密かな行動を怪しむのを見通して。


 ライオールは、王の後頭部をグリグリと踏みつぶす。


「……この愚鈍な王のために、何人もの有能な教え子が死に、この国は数十年の遅れを取った」


「き、貴様! 無礼な……」


 ゼルフがライオールの胸倉につかみかかる。


「無礼?」


 その言葉が終わる前に。


 ゼルフの身体に電流が走る。


「ぐああああああああっ!」


 激痛と共に膝をつき、地べたに転がる。


「礼などと言う得体の知れぬことを最優先にして、気様らは一体なにをしていた?」


<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム


 まず、腕が、飛んだ。


「ぐわあああああああああああっ! いだいぃ……いだいいいぃ……」


「罪の粛清は面白かったか? この国の莫大な負債を論ぜず、小銭ほどの賄賂の発見に躍起になって。他国の富国強兵策への対抗策を見出さず、貴族の不貞問題を大々的に批判して」


「……ひ、ひいいいいいいいいぃ。ゆ、許して……」


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム 


 次に、足を、砕き。


「ぎゃああああああああああっ……か、金か? 金ならいくらでも出す? そうだ! 元老院議長の座を明け渡そう。だ、だからこの通り」


「……ククク」


「ゆ、許してくれるのか?」


「賄賂を持ちかけた、そのプライドすら捨て去った、あなたに判決を下す……死ね」


「ひ……ひいいいいいいいいいいいいいいいいやだ――――――――!」


<<冥府の業火よ 聖者を焼き尽くす 煉獄となれ>>ーー煉獄の大火ゼノ・バルバス


 ゼルフはその存在ごと、黒き炎に消された。


「……ふぅ」


 ライオールは、頭をつけ続けている王の身体を起こして玉座に座らせる。


「間に合うかどうかは微妙なところだな」


 彼は、いつものように、穏やかな表情で笑った。




  






  




 

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