それから
アシュが目覚めると、そこは自室だった。あれから、すぐに気を失って、以降の記憶は全くないが、身体の節々が尋常じゃないほどの痛みが走る。異常な再生能力でも回復しないほどの苦痛が、いかに激しい戦いだったかを物語る。自由に動かない首をあげて周りを見渡そうとすると――
「……なんで君が横で眠っているのかね、リリー=シュバルツ君」
彼の隣に設置された恋人用(使われたことはない)ベッドに横たわってスヤスヤと眠る金髪美少女。
「まったく……君のためのベッドではないのだけれどね」
そう愚痴りながら、ゆっくりと上体を起こし彼女の元に近づく。その気配にも気づかずにリリーは心地よさげに、楽しげに小さく寝息を立て、「ウフフ」と笑顔を浮かべている。
「……」
プニプニ。
エロロリ魔法使いは、黙ってほっぺたを触る。
プニプニ。
プニプ二。
「……フフ、やだぁシス」
嬉しそうに寝言を言いながら、戯れるような仕草を見せる。親友と遊んでいる夢でも、見ているのだろうか。
「ふぅ……まったく。いつまでも子どもで羨ましいよ……ったたたた。やっぱり、まだ身体の自由が効かないな……おおっと!」
尋常じゃないほどワザとらしく、アシュは転んで金髪美少女の上にかぶさる。その右手は胸に、その左手はお尻に。
圧倒的な確信犯である。
「……ったたたた。しょうがないな全く……しかし、君の貧乳はどうしようもないが、お尻はなかな――」
アシュの視線越しに、ドアの前で、ミラがジト目で立っていた。
「……コホン」
「なにを仕切り直そうとしているのかよくわかりませんが」
有能執事の言葉は、いつも通り冷たい。
「エステリーゼは?」
「ライオール理事長がすでに救出されました。デルタ様が安全な場所に保護していたので、無事でした」
「まったく……あの老人は、いい格好ばかりして。そんなにもモテたいかね」
「貴方じゃないんですから」
「……コホン」
「なにを仕切り直そうとしているのかよくわかりませんが」
有能執事の言葉は、やはり、冷たい。
「デルタの死体を解剖する準備はできているのかね?」
「……はい」
「よろしい」
闇魔法使いは、満足気に笑みをうかべる。
「……やはり、デルタ様でも同じようにされるのですね」
「デルタであったものだよ。すでに、死体となった者に持ち合わせる感傷は愚かだ。彼は素晴らしい天才だ。よい成果が得られるだろう」
「……」
「なんだね?」
「彼は、なぜ、私を助けてくれたのでしょうか?」
「……不思議かい?」
「わからないんです。敵であり、ましてや人間ですらない私を……」
「……彼は、住んでいた村を襲われてね。一夜にして全てを失った、父親を、母親を、妹を」
世の中には、どうしようもないことがある。突然、悪人が発生すれば弱き者は逃げ惑うしかない。そんな、現実を。やるせない運命を。デルタは、なんとか変えようとした。そんな世界を創るために、全てを犠牲をも厭わずに。
「しかし、幼き頃の彼を助けたのは、1人の少女だった。ちょうど、君と同じような
自らの命を省みず、他者を助ける彼女をデルタはその瞳に焼きつけた。非情になると強い決心で言い聞かせながらも、その心は常に彼女に寄り添っていた。全てを犠牲にすると誓いながら、1人の女性すら見捨てられぬというジレンマを抱えながら、彼は生き、そして死んだ。
デルタ=ラプラスというのは、そういう人間だったと、アシュは評する。
「……まあ、僕にとってはどうだっていいことだがね」
闇魔法使いは、そう、締めくくった。
その時、
「……ふぇ? あ、アシュ先生! な、なんだってここに!?」
リリーが目を覚まし、飛び起きた。
「はぁ……やれやれ、うるさいのが起きてきたよ」
「先生! あなたは、神聖なる授業を人に任せるなんて、それでも教師ですか!? 責任感のある大人の対応ですか!?」
記憶が全くないのか、いつのことだかわからない出来事をキンキンと叫ぶ金髪勤勉優等生美少女。
「そ……想定以上にうるさいな君は! 言っておくが、僕は君の命の恩人なんだぞ!」
「なにを寝ぼけたこと言ってるんですか! 早く授業してください早く授業してください早く授業してくださ――」
「あああああああああ、なんてうるさくてうざったいんだ君ってやつは」
「な、な、な、なんですってぇ!」
その喧騒とともに。
夜が明け、朝日が窓の外から照り出した。
*
数日後、禁忌の館にて。
「アシュ様、終わりました」
ミラが、読書にふけっている闇魔法使いに声をかけた。
「ご苦労。ちゃんと指示通りにしたかね?」
「ええ……」
「なら、いい」
そう言って再び本を読み始めるアシュだが、いつまで経っても執事が部屋から出て行かずに立ち続けている。
「……なんだね。僕が読書で忙しいのだがね」
「言われた通りデルタ様の死体を墓に安置しましたが、隣に……私と同じ名のお墓があったものですから」
「……偶然だろう」
闇魔法使いは、不機嫌そうに本のページをめくった。
第3章 END
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