なぜ
「さて」
一呼吸おいて。アシュは、デルタの方を見る。
「……」
「君の愚かな策は、僕がいとも容易に、そして容易く破った次第だが。他になにかあるのかな?」
「……アシュ様。すでに立つ力すらなく、私におんぶされている分際で、よくそんな台詞が吐けますね?」
淡々と執事が横やりを入れるが、「ふっ」と全く無意味な余裕の笑みを浮かべるアホ魔法使い。
「……アシュ先生。あなたは、なんで、そうなんですか?」
デルタが問いかける。
「禅問答かね? 僕は僕であるのは、当然のことさ」
「それだけの絶大な魔法力がありながら。それだけの深い知識がありながら。世界を良き方向に変えるようともせず。ただ、己の欲望のためだけに……闇魔法に傾ける」
「なんだね、それは? 負け惜しみの時間稼ぎならば、もっとマシな方法を選ぶんだね。君は、ここでミラに倒されて、エステリーゼ先生の居場所を吐くんだ。今なら、命ぐらいは助けてやってもいい」
「……そうですね。あなたには何を言っても」
フッと天を仰ぎ、デルタは構える。
「ふっ……君は生粋の魔法使いだ。そんな君が上級戦士を遥かに凌駕するミラのスピードに勝てるとでも?」
「アシュ様、さっきから何度も言っていますが、あなたをおんぶしているから、そんなに速く動けませんが」
「……」
「……」
「ふっ……彼女は僕の最高傑作だよ? そんな彼女の魔法に、出来の悪い弟子の君の魔法が通じるとでも?」
何事もなかったかのように、言い直す闇魔法使い。
「あなたの弱点は、やはり、その油断ですね」
デルタはそう言って手を地面にかざす。
アシュがリリーに夢中でいる間に。
彼のもう一つの秘策をひたすら練っていた。
地面が六芒星を描き、白い光があたりを包む。
景色が歪み、次の瞬間、景色全体が一瞬にして変化する。
アシュの周囲は、一瞬にして、兵隊たちに囲まれた。
「空間移動魔法……」
闇魔法使いは、忌々し気につぶやき、執事は懲りずに毎度油断する主人にため息をつく。普通に全力で戦えば、アシュに勝てる者など大陸ではそうはいない。しかし、その傲慢過ぎる性格のおかげで、陥らなくてもいいピンチに、自ら特攻していってしまう。
「……お前が、アシュ=ダールか?」
兵隊たちの遥か後ろに。
一人の男が立っていた。元老院議長であるゼルフ=ロールファン。老人と言うには、その眼光はギラついており、若々しい。気質が難しそうな様子で、腕を組み忌々し気にアシュを見つめる。
「ふっ……お初にお目にかかるね。僕のことを、人は『大陸一の美男子』、『至高の紳士』、『天才闇魔法使い』等、様々な異名で称するが、君は好きに呼んでくれたまえ」
いつも通り、堂々と、偉そうに、礼儀正しくお辞儀をし、元老院議長を苛立たされる闇魔法使い。
「報告通りふざけた男だな。デルタ、これがお前の師匠か?」
「……残念ながら」
本当に哀しそうに答える。
「そう言う君こそ、誰だい? この包囲網は、僕のような偉大な魔法使いに対する振舞いではないと思うが」
「……」
偉大な魔法使いじゃないのでは、とは有能執事の感想である。
「……ところでゼルフ卿? これは、なんの真似でしょうか?」
デルタが尋ねたのは、兵たちが自分に向けている武器。
「残念だよ、デルタ=ラプラス。君が、私たちを裏切るとはね」
「……なんのことかわかりませんが」
「君が、エステリーゼを匿っていること。なぜ、それを報告しなかった?」
「……」
「非常に残念だよ。彼女さえ取れば、ライオールをはめる切り札になったのに」
「……女性をダシにしなくても」
反射的に言い訳をしていた。それは、デルタ自身でも、何度も何度も自問したことだ。しかし、どうしても、彼女を差し出すことができなかった。
「陳腐だな、デルタ=ラプラス。その陳腐な正義感故に、私は君を捨てる決断をしたんだよ」
そう言い捨てて、ゼルフは大きく手を挙げると、周りに配備されていた兵たちがジリジリと間合いを詰めていく。
「……ゼルフ君と言ったね?」
アシュはつぶやく。
「あいにくだが、二度と会わぬ男に、名乗るのほど時間ば持ち合わせていないんだ」
「矜持だよ」
「……」
「デルタが示したのは、陳腐な正義感などじゃない。矜持だ。それすらわからぬ愚か者は、生きている価値がないほどね」
「……御託は終わったか? やれ!」
ゼルフが手を掲げ、一斉に兵たちが襲い掛かる。
「あいにくだが、そんな者には僕は負けない! ミラ!」
「……頼むから、黙っていてもらえませんか」
意気揚々と格好つけて叫ぶアシュをおぶって、ミラは大きくため息をついた。
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