矜持


 一斉に襲ってくる兵に対し、ミラが応戦するが、その動きはいささか鈍い。


「どうした、ミラ? いくら僕をおぶっているからと言え、あんまりにも情けないんじゃないのかい?」


 おぶられている闇魔法使いは、悪びれもせずに、執事に檄を飛ばす。


「……」


 ミラ、思う。

 シネバイイノニ、と。


 現状、ミラには3つの枷がある。1つは、デルタの存在。敵の敵は味方だという簡単な図式は成り立たない。彼らならば、この危機においてもこちらを出し抜こうと考えていても不思議ではない。2つ目は、リリー=シュバルツ。気絶している彼女に傷をつけないことは、ミラ自身の中で第一に優先すべきことだ。3つ目は、いわずもがな、背中のクズ荷物。


 そんな彼女は、兵からの攻撃を全てなぎ払い、躱してみせるが、反撃までには至らない。人形の身であるミラに疲労はないが、これだけの猛攻だと、どうしても回避不可能な攻撃が出てくる。


「まずいな」


 背中から、闇魔法使いの声が響く。


「ええ。アシュ様は、なにかいい手はありませんか?」


「それを考えるのが君の仕事ではないのかい」


「……」


 もう、こいつに話しかけない、ミラが固く誓った瞬間だった。


 そんな不毛な会話をしている瞬間にも、兵たちの猛攻は続く。しかし、彼らの攻撃をことごとく躱すミラに、


「何をやっている!? その執事じゃない。リリー=シュバルツを狙え」


 ゼルフから激しい檄が飛び、兵たちは一斉に狙いを変え、剣を彼女に突きだす。一呼吸対応が遅れたミラは懸命に腕を伸ばすが間に合わない。そのまま剣が彼女の胸に刺さると思われた時、その剣が真っ二つに切断された。


 その兵の横に、クローゼ騎士団団長のレインズが立っていた。


「な、なぜ貴様がここに?」


「デルタの空間転移で。しかし、これは奇妙な状況ですな」


 レインズは、リリーの前に立ち、襲い掛かってくる兵を一瞥する。


「奇妙などではない。デルタ=ラプラスは我が国を裏切った反逆者だ。元老院議長として命ずる。クローゼ騎士団団長に奴の抹殺を」


 高々とゼルフが命令を下す。


「……かしこまりました」


「はははは、さすがはクローゼ騎士団だんちょ――」


 斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬っ!


 一瞬にして。


 レインズは、リリーの周りにいる兵たちを薙ぎ払った。


「な……お前はなにをしている!?」


「貴様こそ……ふざけるなよ」


「……ひっ」


 野獣のような瞳を持って。


 レインズは、ゼルフを睨みつける。


「貴様は……女・子どもを殺せと言い放ったその口で……このレインズに命令したのか?」


 まるで、野獣が如き殺気を剥き出しにする騎士団団長。


「くっ……反逆だぞ! 貴様のやっていることは紛れもなく反逆行為だ。クローゼ騎士団団長の地位も、名誉も、全て捨て去ると言うのか?」


「……」


 レインズは、黙って腕章を投げ捨てた。


「き、貴様っ……」


「偽りの誇りなど、俺には必要ない。それなら、俺は、自らが信じた友と行く」


 そう言いながら、デルタを見た。


「……相変わらず暑苦しい奴だ」


「呼んでおいて、それはないだろう? そして、俺はさんざん、奴らの腐敗に関して忠告したのに」


「……反論は終わってからすることにするよ。まあ、こうなっては仕方ないがね」


 デルタは不敵に笑う。


 一方。


「……リリー=シュバルツ君を助けてくれたこと、礼を言わねばなるまいな」


 アシュは、面白くなさそうに言う。


「礼など及ばん。女・子どもを助けるのは騎士として当然のことだ」


「……」


「それより、デルタは言い出せないようだが。ここは、共闘してはどうだろうか? 互いに敵は一緒だから」


 そう言ってゼルフを見据えるレインズ。


「君を信頼できる保証は?」


「ない……が、なぜかな。俺はあんたが信頼できるよ」


 ニコっと笑い。


 レインズは、リリーに向かい来る猛攻を次々と迎え撃つ。


「相変わらず、素敵な方です」


「……」


「格好いいナイトとは、あの方のことを言うのですね。どっかの誰かさんと違って」


「……まあ、僕の10万分の1くらいは格好いいかもしれないが、暑苦しいね。例え、騙されて付き合ったとしても、苦労するタイプだよアレは」


「大陸一見苦しくて、誰とも人付き合いできない、どっかの誰かさんよりはマシだと思いますけど」


「……」


 なんとなく、面白くない、闇魔法使いだった。



 


 

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