解放
有能執事は、耳を疑った。この闇魔法使いはリリーを助けるために、ここまで必死になったのではなかったのか。
「なにを……では、リリー様はこのままということですか?」
「僕の魔力を浴びたから、魔薬の効果は解けているよ。そして、この魔法は精神を犯す類のものじゃないから心配ない。まあ、しもべにはなってしまうがね」
「……はい?」
ミラは、またしても、耳を疑った。
「ふぅ……理解力のない執事だ。今はショックで放心状態なんだよ。だから、数分もすれば、僕の言うことをなんでも聞く忠実なしもべとなるだろう」
うんうんと、キチガイ魔法使いは、満足そうに頷いた。
「あの、私が言っているのは、リリー様が元通り自由に話したり、自由に動いたり、自由に思考したり、そう言うことです」
「そんなことできるわけないじゃないか」
さも、当然かのように。
むしろ、『えっ、なに言っちゃってんの?』と、ミラがおかしいと言わんとばかりに。
「……なんとかならないんですか?」
「現実は、都合よく起こるものじゃない。ただ、為せることを為すのみだ――ロバート=デニール」
「……」
ああ、この男を見直した自分をぶん殴ってやりたい、とは有能執事の切実なる想いである。
「まあ、僕も可能な限り元に戻してやりたいが、できないものはできない。まあ、僕と言う稀代の大魔法使いの忠実なしもべになれるのだから、彼女の人生もそう捨てたものではないよ」
「……」
いや、さっきまでの状態に方が一万倍マシだと思うのですが、とはミラの切実な想いである。
「さて、リリー=シュバルツ君。君は僕のしもべとなったわけだ。これから、君は僕の命令を忠実に実行するだけの者に」
彼女の方を向き。
心底愉快そうに、キチガイ魔法使いは語りかける。
「……う゛」
「なんだい? なにか言いたいのかい? でも、言えないのだろう? 君の意識はしっかりしているからね」
「……う゛う゛」
リリーはうめき声をあげるが、身動きが取れない。
「抵抗すれば解けると思っているだろう? しかし、それは無理だね。どんな者でもこの魔法が解けた者はいない。君は、死ぬまで。永劫。僕のしもべであり続ける」
恍惚の表情を浮かべながら笑う表情は、もはや変態。そうとしか呼ぶ名がないというのが、有能執事の感想である。
「……う゛う゛う゛う゛っ」
「ククク……クククク……クククハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハッハハアハッハハハハハハハアハ。解けないだろう? 無理なんだよそれが。言っておくが、君は僕のお気に入りだからね。いろいろするよ? いろいろね! ハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハッハハアハッハハハハハハハアハ」
執事におんぶされながら、高笑いを浮かべる様子は、もはや下種の所業。絶対にエロいことをする、と言うのは有能執事の確信である。
「……う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ」
一方。リリー=シュバルツと言えば。数分前から視界が入り、声が耳に聞こえてくる。あの最低魔法使いの言葉が。笑いが。さも、心地よさげに。咄嗟に抵抗しようと思っても、自らのうめき声が聞こえるだけ。身体の自由は効かない。思考のみが、ただ自分のもので、身体の全てが全身、操られているかのような。
彼女には許せないモノが3つある。1つ目はピクルス。小さい頃から大好きだったが、ある日ピクルス食べ放題の店に行って、吐くほど食べて逆に食べなくなったこと。2つ目は、遅刻。5歳の頃、国王の謁見で遅刻してきた王に対して厳しく窘めたことは、今でも語り草になっているほどだ(リリーは親に3日間独房に入れられた)。3つ目は、いわずもがな。
そんな、意地っ張りでやりすぎで自分の意見を曲げないリリーが。その存在自体が許せないアシュ=ダールのしもべとなる。
それが、果たして、許せるか。
「……う゛う゛う゛う゛う゛う゛っう゛う゛う゛う゛う゛う゛っう゛う゛う゛う゛う゛う゛っう゛う゛う゛う゛う゛う゛っう゛う゛う゛う゛う゛う゛っう゛う゛う゛う゛う゛う゛っ」
許せない。
許せるわけが、ない。
「ふははははははっ……無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ。僕の血は戦天使リプラリュプランですら、堕落させたんだよ? これは、僕が開発した対ヘーゼン=ハイム戦の最終兵器だよ? 人が抗う術はないんだよ。いい加減、認めたまえ。屈服したまえ。僕に魂ごと――「ふざけるな――――――――――――――!!」
激しい光と共に。
叫び声が、木霊し。
リリーのエメラルドのような瞳が、爛爛と輝く。
「ば、バカな……」
キチガイ魔法使いは、さながら三流悪役かのようにつぶやく。
「……はぁ……はぁ……いい加減にしなさいよ、アシュ先せ――」
そう言いながら、前のめりで倒れて力尽きる。
すぐにミラが駆け寄った。
「生きて……はいるようですが……寝てますね」
「し、信じられぬ意地っ張りだ」
さすがのアシュも開いた口が塞がらない。
「魂レベルであなたのしもべになるのが嫌だったんじゃないですか?」
「……まさしく、奇跡だな」
「最低の奇跡だと思います」
カッコつけて、そう言い放つアシュに、ミラがジト目でツッコんだ。
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