奴隷


 魔法は、魔力野ゲートという脳の一部を通して、発せられる。しかし、体外へ発するためには、魔力野ゲートから生じた魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する詠唱チャント象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つシールが必要である。


 と、言うのが世界の見解である。


 いや、アシュ=ダール以外の。


 彼しかできない唯一の方法で。


 闇魔法使いは、魔法を放った。


 魔力野から自らの血液に魔力を巡らせ、対象に浴びさせることで同等の効果をもたらすことができることを、彼は幾たびの戦い、臨床からわかっていた。


「僕の魔法が効くかどうかは、賭けだったがね」


 アシュは得意げに答える。


「……減らず口を叩かれる元気があるのでしたら、ご自分で立っていただければよいのに」


 ミラにおぶられている闇魔法使いには、もはや動く力はない。


「……いつから」


 デルタは、反射的に口を開く。


「最初からに決まっているだろう?」


 ニヤリと笑う。


 が、そんな訳はない。


 その絵を描いたのは、リリーが魔薬を飲んだとわかったその時から。


 三悪魔の一撃トライフォースで、聖闇の魔法壁へダメージを与える。ここでアシュは一つの賭けに出る。聖闇の魔法壁が蓄積することをデルタが認識していて、リリーに魔法のかけ直しを指示したら、ゲーム・オーバー。


 決して悟られないように。迫真の演技をもって。アシュは全身全霊で三悪魔の一撃トライフォースを放ち、失敗をした風に見せた。元々一撃では、破れるとは思っていなかった。しかし、破れたら。リリー=シュバルツは、それまでの器だと見切りをつける覚悟をもって。


 賭けには成功。デルタは勝利を確信する。アシュが胸を撫でおろし、悪魔融合をもってダメージを蓄積した聖闇の魔法壁をブチ破った。その衝撃で、血しぶきまで出すのを計算しながら。


「――以上が、僕の戦略だったんだが。お気に召して頂いたかい?」


 ミラにおんぶされながら、アシュが全力で勝ち誇る。


「……」


 デルタは沈黙を保っている。


「君は全く気づいていなかったようだが、僕の有能執事であるミラは気づいていたよ。人形ですら、気づくんだ。我ながら、ヒヤヒヤしたよ。まあ、愚かで傲慢な教え子をもって、僕は大変遺憾に思うよ。なあ、ミラ?」


「……私は、あなたがリリー様のことをあきらめるわけがないと思っていましたから」


 どんなに絶望的な状況でも、一部の可能性さえあれば。


 そんな主人を少し誇らしげに見上げながら。


「ふっ、さすがは我が執事だ」


「ところでアシュ様。さっさとリリー様の魔法を解いてください」


 リリーは、血を浴びながら放心状態で立っている。


「ん? なにを言っているのかね?」


 闇魔法使いが疑問を呈する。


「なにをって……リリー様の魔法を解いて、彼女を正気に戻してください」


「……そんなことできるわけないだろう?」


 アシュは、さも当然かのように答えた。




 




 

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