幕間 捕獲


 ナルシャ国サロレィンカルロ城内にて。エステリーゼは、城内を息をきらしながら走っていた。ライオールが囚われたのではないかと思い、知り合いのツテを辿って潜入したが、掌に踊らされていた。それ自体が罠だと知らずに、衛兵に追われて逃げ惑う。


「はぁ……はぁ……はぁ……きゃっ!」


 ある一室にて。扉が突然開いて腕を掴まれて引き込まれる。そこには、デルタとクローゼ騎士団団長レインズが立っていた。


「……静かに」


 低くりりしい声に殺意は見られない。一声聞いただけで安心できるその声質に、メガネ美女は、ただ頷く。


 その時、目まぐるしい足音と喧騒が外から聞こえる。


「絶対に捕まえろ! この城内から、決して逃がすな」


 元老院議長ゼルフが、側近の兵たちを引き連れて廊下を闊歩する。


「ライオールの側近が浸入とは……とうとうあの老害の尻尾が掴めましたな」


 そう笑うのは、同じく元老院の一人バスダ。


「……このような迂闊な手を彼がするとは思えませんが」


 その意見には、ゼルフも同意する。


 しかし。


 巧を早まった部下が。


 保身に走った友が。


 無能で未熟な仲間が。


 過ちを犯すことを制御するのは非常に困難なことだ。そのことを、ゼルフはまさに隣にいるバスダによって、痛感していた。そして、まさにその点こそが、老獪な魔法使いの間隙をつく策になることも。


 物音が止み、束の間の静寂。フッと息を張いて、レインズがエステリーゼの口を塞いでいた手をそっと放す。


「あなたは……なぜ……」


 自分の口を抑えている騎士の横には、デルタが立っていた。甚だ迷惑そうに、ため息をつきながら。


「まったく……厄介なことをしてくれた……」


「なっ!? そんなことより、ライオール理事長をどこへ――」


「それはこちらが聞きたいよ。相変わらず老獪な男だ。監視魔法サーバリアンを持っても、彼の全てを暴くことはできない。君がここにいることすら、彼の計画の一部であるかと思わされるほどね」


「……どういう意味ですか?」


 エステリーゼは怪訝な表情を浮かべる。


「彼が……アシュ=ダールが動く」


「な、なんで彼が!?」


「君が彼のお気に入りだからだよ」


 デルタがそう告げた途端、彼女の頬が真っ赤になる。


「そ、そ、そんなわけないでしょう!? いい? 彼は政治にはまったく興味はないわ! この件にも、全くと言っていいほど関心は示さなかったし、そんな彼が私が囚われたぐらいで動くわけがないでしょう?」


 いや、むしろ揉め事に巻き込まれること自体、うんざりしていた。今、その渦中にある自分を、助けるなどとは到底思えない。


「そうだね……彼が、女と知的好奇心以外で動くことは稀だよ」


 デルタは大きく息を吐いた。


「しかし……どうする?」


 レインズは腕を組みながら、尋ねる。


「……とりあえず、ここを出て彼女を隠す。どういう行動をとるかはわからないが、しばらくは動向を見守るさ。


「まだ、元老院の奴らに……ゼルフに従うのか?」


「もちろんさ。聖信主義者のみの国を造るという点で、彼らと私の意見は一致している」


「……お前は、本気で言っているのか?」


「ああ。私の生きている理由は、それしかないし、それ以外にはあり得ない」


「……ならば、殺してみろ」


 騎士団団長は、手刀でエステリーゼの気を失わせ、彼女の身体をデルタに差し出す。


「……」


「どうした? 彼女は、バランス主義者ライオールの刺客である極悪人だぞ。お前自身が手を下して殺せばいい」


「……くっ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 デルタは、エステリーゼの首に手をかけ、全力で絞めにかかる。しかし、どう頑張っても、その手に力が入ることはなかった。


「できないだろう? 俺は、お前が女、子どもに傷をつけられない性格だということを知っている。そして、それこそ、俺がお前を尊敬して従う理由だ」


「……違う……私は……」


「違わない。お前は、本来、元老院の奴らとは違う。そんな男じゃないんだ」


「違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う……違う」


 耳を塞ぎ、ブツブツと連呼する。


「……彼女は俺が連れていく。お前は、少し頭を冷やせ」


 レインズは、エステリーゼを抱えて、その場を去り、デルタはいつまでもブツブツとつぶやきながら、立ち尽くしていた。

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