感情
いつも通りであるはずの、ホグナー魔法学校職員室は騒めき立っていた。そんな中、いつも通り始業時刻の5分前に扉を開いた。
「ふっ……諸君。今日も彩りが優しい朝だね。泥のように這いつくばって仕事をする君たちには、その情感がわからないだろうが、時々、耳を澄ませて大地の鼓動に森羅万象の神秘を感じることも、あっていいと、僕は思うよ」
意味不明な妄言を囀りながらキチガイ魔法使い登場。
「アシュ様……この大地の鼓動に森羅万象の神秘を感じるより先に、この職員室の物々しい雰囲気を感じた方がいいと、私は思います」
いち早く空気を読んだ有能執事の言葉を無視し、KY主人はいつもどお通り、女性教師に恒例の挨拶を始める。
「セルート先生、本日も綺麗なお顔で。ユレージュ先生、いつも元気で可愛らしいよ。クジュ先生、そのスーツ、似合っていますよ。ナナ先生、今夜はどこに飲みに行こうか、エステリーゼ先生、君に会えない時は、まるで虚空の――」
と言いかけたところで、言葉を止める。彼女の姿が見えない。
「……ミラ、どういうことだ?」
3日の休暇を取り、本日、彼女は出社してくるはずである。この時のために、アシュは会った時の口説き文句を2時間ほど練習していた次第だ。
「職員室の皆さまの会話から、無断欠勤のようですね」
「……デートかな?」
「アシュ様じゃないんですから」
至極ごもっともな答えを投げかける有能執事。
「諸君、エステリーゼ先生はどうして来ていない? 誰かわかる人はいるかな」
そう呼びかけるが、返事をする者はいない。
「それが……彼女が無断欠勤など初めてで」
校長のロラドが慌てた様子で報告する。
「……そうか。わかったよ、みんなは生徒たちにいつも通り授業を。ナナ先生、特別クラスの授業をお願いできるかな?」
「は、はい。わかりました……あの、アシュ先生はどちらへ?」
「僕は……少し用事を思い出したので失礼するよ」
すぐに、身を翻して職員室の扉へ向かう闇魔法使い。
「……ああ、言い忘れていた。僕はかなりの人気教師だから、欠勤するとうるさい生徒が一人いるんだ。リリー=シュバルツと言うのだが、バナナが大好物なので、うるさくてどうしようもなかったら、餌としてあげるといい」
「えっ? えっ? えっ? わ、わかりました」
疑うことの知らない新人教師は、この不可解な指示を了承。10後、トラウマ級の咆哮が彼女に襲い掛かったという。
職員室を後にし、廊下を早歩きで歩くアシュ。
「さて……ミラ、彼女の居場所を特定できるかい?」
「やらせては見ますが、すぐには難しいかと思います」
「……では、デルタの居場所は?」
「それなら、すでに突き止めています」
「よし、すぐに向かおう」
「……彼の仕業だとお考えですか?」
「いや、わからんね。しかし、少なくとも居場所を突き止めることはできるかもしれない。彼は、僕らより優れた探知能力を持っているから」
「なるほど。早速、彼に会う手筈を整えます」
「居場所がわかっているのではないのか?」
そう尋ねながら、校舎の外で待たせていた馬車に乗り込む。
「こちらの動きは全て把握されていますので、デルタ様の元へ向かうと逃げられます。しかし、こちらの情報網では移動時までは
追放の憂き目を受けた、かつての元老院メンバードジン侯爵。酒に酔わせて、小金を渡せしたら、アレやコレやと悪口のオンパレード……使える情報としたら、この一点のみであったが。もちろん、彼がその先どんな目に遭ったかなど、知る必要もない。
「……そうか、任せるよ。僕は彼女を助けに来た救世主として、彼女の心を射止めるような口説き文句でも考えておくから」
「……」
勝手にしろ、とは有能執事の心の叫びである。
しかし。
ろくでもない言葉を吐きながらも、アシュの膝は小刻みに震えていた。
「珍しいですね。苛だっていらっしゃるのは」
いや、エステリーゼが心配で焦っているのか。
アシュの表情からは、それ以上は読み取れないが。
「……ミラ、余計なことを喋っていないで、さっさと僕を案内するんだ」
「かしこまりました」
ミラは、その言葉から彼の心の一端を知る。
アシュ=ダールは、怒っている、と。
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