説得


 3日後。特別クラスのHRで、それは始まった。敵襲の危険もある中で、アシュは実に3日という時間を全力で傾けた。『その下準備こそ、ロマンだよ』とは、キチガイ魔法使いの迷言である。


「ミラ……プリントを配ってくれたまえ」


「非常に不本意ですが、かしこまりました」


 有能執事はそう言って、プリントを一人一人、丁寧に手渡す。最前列の人に渡さずに、敢えてすべての人に手渡しをして当事者意識を持たせる。見事な仕事である……プリントの中身以外は。


「……アシュ先生、これはなんですか?」


 優等生美少女のリリーが早速手を挙げて質問する。嫌味でも反感でもなく、本気でわからなかったからだ。


「喜びたまえ。制服を来月から変更しようと思うんだ」


 闇魔法使いは満面の笑みで答える。


「……このプリントのデザインにですか?」


「ああ」


「……半分、お尻出てますけど」


「出してはならないという校則は見当たらなかった」


「……ちょっと待ってください。一回、深呼吸させてください」


「どうぞ」


 スー……ハーッ。


「……すいません、もう一回」


「いくらでも」


 スー……ハーッ。


「なにをふざけたこと言ってるんですか―――――――――――――――――――――――――――――!!!!!」


 その美少女の怒号は、校舎中に、響き渡ったという。


「あ、相変わらずとんでもない肺活量だね、リリー=シュバルツ君」


「こ、こ、こんなハレンチ極まりない格好できるわけないじゃないですか!?」


 優等生美少女は顔が真っ赤だ。


「これには深い理由があるんだ。3日前、僕が『目安箱』を設置しただろう?」


「……それがどうしたって言うんですか?」


 目安箱とは、テストケースということで、この理事長代行が担任である特別クラスに設置された、いわば困りごとBOXである。


「実に半数の生徒の意見が『制服がダサい』、『制服を新しくしてほしい』という要望だった。ほら、みたまえ」


 そう言って、ザザーッと目安箱から記入用紙を出す。


「……」


「ここには、小細工はいっさいないよ」


 アシュは堂々と宣言する。


 嘘である。


 有能執事がそれぞれ筆跡の異なる匿名用紙を準備し、この目安箱に入れたに過ぎない。非常に大胆かつ、豪快な不正である。


 しかし、最高権力者が不正者なので、この場では非常に有効だった。


「……私は、1日に3回『アシュ先生をクビにしてください』って書きましたけどね」


「やはり、君か。堂々と名前を書くんじゃない。堂々と。同一人物票の重複は認めない」


「……」


 しかし、有能執事は知っている。彼女の票以外にも、次点で解雇要望が多かったこと。図らずも、キチガイ魔法使いは多大な精神的ダメージを負うことになった。


「でも……これって本当にこのクラスの人たちが書いたんですか?」


 鋭く指摘する優等生美少女。


「……当り前だろう? 他に誰がいる」


「じゃあ、聞きますよ。この目安箱に『制服を新しくしたい』って書いた人」


 ……シーン


「ふっ……匿名だから書けたに決まってるじゃないか。デリカシーのかけらもない君にはわからないかもしれないが」


「ググッ……あなたにデリカシーがどうのとかって言われたくありません!」


 反論するリリーに生徒一同、同意一択。だが、確かにリリーもデリカシーがないと、心の中でひそかに思った次第だ。


「ふっ……いいだろう。生徒の反論に答えるのも教師の務め。今日は、とことん話し合おうじゃないか」


「「……」」


 ええ、この件でそんなに話し合うの!? とは生徒一同の感想である。





 ここに、ホグナー魔法学校稀に見る価値のないHRが開始された。



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