幕間 混乱
その頃、ナルシャ国の主城であるサロレインカルロ城では、元老院が開かれていた。
「……もう一度言ってくれるかな? デルタ君」
元老院の議長であるゼルフ=ロールファンは、厳しい眼差しを向ける。
「はい。ライオール理事長が姿を消しました」
「彼が……なぜ」
「……」
議長の様子から、元老院の所業ではないことは見て取れるが。
「他の皆さまはどう思われますかな?」
ゼルフは、他の元老院メンバーに意見を求める。前に独断で特別クラスの襲撃を行った者もいるので注意深く彼らを観察する。
「わ、わたしは知らないぞ!」「なにを企んでいるのか……あのバランス主義者は?」「いや、もしかしたら持病の悪化とか!?」「馬鹿な。あの元気な老人が持病など持つものか」
どうやらなにも知らないようで不毛な議論が繰り返される。
「……ふぅ。それで? 後任はロラドか?」
ゼルフが仕切り直し、デルタに尋ねる。
ホグナー魔法学校校長であるロラドもまた、素晴らしい人格者であると言えるが、この現状を打破するような人材と言えば多分に疑問が残る。
「それが……アシュ=ダールが後任の代行に就任しました」
「なっ!」
「あの闇魔法使いを!? 全く狂っている」「なにを企んでいるのか……あのバランス主義者は?」「対外的にもかなりの批判を覚悟してのことか……しかしなにゆえに」「いや、今がチャンスなのではないか」
巻き起こる様々な憶測に、デルタは胃が重くなる想いだった。これから報告することに比べれば、そんなことは比にもならない。
「それで? 彼は……アシュ=ダールはなにをしようとしている?」
「……」
「なんだ? 黙っているだけじゃわからないだろう?」
「制服を……新しくしようと……しています」
・・・
「ん? 聞こえなかったな。空耳か、制服がどうとか……」
「え、ええ。まあ、私もそんな感じに聞こえましたが」「いや、制服じゃなくて征服じゃないか。征服を新しく」「それだと意味が通らないだろう? デルタ君、はっきり言いたまえ」「もっと、大きな声で」
ああ、だから言うの嫌だったんだとは、天才研究者の不満である。
「彼は、ホグナー魔法学校の制服を一新すべく行動しております」
「……はははははは、ははははははははははは!」
議長が全然笑っていない眼差しをもって、笑い出す。
「……ははは」
「くだらない冗談はいいんだよ!」
思わずつられ笑いを浮かべたデルタを一蹴。
「……しかし、冗談でもなんでもありません」
だから、いいたくなかったんだ、と心の中でつぶやく。
「じゃあ、なにか? アシュ=ダールは、我々から狙われていることをわかっていて、ライオールが姿を消して、君の
「……」
そうだよ! と、凄く言いたい天才研究者。しかし、目の前は莫大な研究費を捻出しているスポンサー。無下にすることなど、当然できない。しかし、あの闇魔法使いの不可解な行動の意味を納得させるような説明もまた持ち合わせてはいなかった。
「……彼はなにか隠しているな?」
議長のゼルフが鋭い瞳をデルタに向ける。
「議長の言う通りだ。影で、なにか別の行動をとっているに違いない」「でなければ、誘っているのだ。こちらの襲撃を」「一見無防備に見せる作戦か……敵も中々策士ですな」「しかし、それを見破るとはさすが議長。御見それいたしました」
巻き起こる元老院メンバーのヨイショ。その明らかな太鼓持ちに、まんざらでもない表情を浮かべる元老院議長。
「……そう思います」
もういいやと、デルタ、あきらめる。
「やはり……ならば、しばらくこちらは静観ということで。みなさん、よろしいですね」
「「はい」」
満場一致。デルタにとって、非常に悲しい満場一致が行われた。
*
部屋を出て、一人頭を抱える天才研究者。真実を報告せざるを得ない状況だったのは間違いない。後々、事実と異なる状況を説明したとなれば必ずや足元をすくわれる。
しかし……
「どうだった? ライオール理事長不在の今が、千載一遇のチャンスであることを説明してきたか?」
騎士団団長のレインズが胸を躍らせながら駆け寄ってくる。
「……今、私に、話しかけないでくれ」
皮肉にもキチガイ魔法使いの行動は、元老院に情報錯綜をもたらし、敵からの襲撃を未然に防ぐ結果となった。
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