さあ
デルタが現在放っている魔法は光属性。かつて、アシュは闇魔法の全てを叩きこんだ。しかし、彼から離れた天才魔法使いは、ただ、ひたすらに闇を否定し、光を磨いた。彼がなにを想い、その道を歩んだのか。その理由を知る者はいない。
「さすがはアシュ先生ですね。逃げるのだけは異常に上手い」
「はぁ……はぁ……。僕は決して逃げるのは上手くないよ。君の攻撃が穴だらけなだけだよ」
息をきらしながらも、その減らず口は健在である。
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー
すかさず、アシュの放った炎は、デルタの張った魔法壁によって阻まれる。わかったことは、闇魔法以外のそれは発動するということ……しかし、闇魔法以外のものは、デルタには効き目がないということーーそれほど見事な魔法壁。
「しかし、あなたの体力ではもう限界でしょう。そろそろ大人しくなってもらいたいものですが」
「はぁ……はぁ……君は僕のことを全てわかったつもりで勝ち誇っているんだろうが……」
「実際にそうでしょう? 闇魔法を封じられたあなたに、なにか手があるとでも?」
アシュの右腕である有能執事もレインズによって完全に封じた。もはや、この闇魔法使いの挽回はないと判断する。
「……ククク。君はなにもわかっていない」
「負け惜しみはみっともないですよ」
「負け惜しみではないよ。君は僕が生かし、育てたんだから。僕は君のことをよく理解しているよ。非常によくね」
「……」
デルタの表情が一瞬強張ったのを闇魔法使いは見逃さなかった。
「君が僕から離れた理由も。君が闇属性ではなく光属性の魔法を磨いた理由も。君がなにを為し遂げたいのかも」
「……ふっ。挑発には乗りませんよ」
「君が彼女を殺したんだ」
アシュは、言い放つ。
彼のことを知りながら。
彼とアシュだけが知る過去を持って。
彼の心を抉る言葉を。
重要なのは、話を続けるということ。話し続けてさえいれば、少なくとも攻撃の機会は少なくなる。なるべく……一秒でも長く。それが、闇魔法を封じられた魔法使いの選択だった。
「……」
「他人のせいにして。君の生き方が、君の信念が、それを物語っているよ。そうやって己の無力さから逃げ、君は純然たる強さを求めなかった。僕は君の才能を買っていた。しかし、闇魔法から逃げて、僕から逃げて、中途半端な魔法使いになり下がった」
「……その半端な魔法使いに追い詰められる気分はどうですか?」
話に乗ってきた元弟子に対し、元師匠は心で笑みを浮かべる。
「追い詰められている? 馬鹿な。僕は待っているんだよ。君が僕にひざまずく瞬間をね。あと10秒もすればわかるさ」
「……面白い」
「おい! デルタ」
ミラとの攻防を繰り広げながら、レインズが声をあげる。
「いいじゃないか。私も、彼がどうやってこの危機を乗り越えるのか見たいんだ。できれば、負け惜しみじゃないことを願いますよ」
「ククク……後悔しなければいいがね。もうまもなく面白いことが訪れるだろうさ。10……9……」
カウントダウンを行いながら、闇魔法使いは耳を澄ませる。
彼は、戦闘中、聴覚を上昇させる魔法をかけていた。
木々が至る所で倒れる音……ゴーレムたちの慄きの他に、確かに聞こえる生徒たちの声……それが、だんだん近くなる。
あと少しのはず……あと少しのはずなんだ、と何度も反芻する。
「……5……4……3…………2………………い――――――ち――――――――――――――――――――――――――――――――」
粘る。なんとか、息を伸ばして粘る往生際最悪魔法使い。
「……ふぅ、やはり先生は見苦しい」
そうデルタはため息をついて再び魔法の詠唱を始める。
「ちょ……待ちたまえ! まだ数え終わって――」
ドッゴーン!
その時、アシュとデルタの横の木々が一斉になぎ倒された。
そこには、ゴーレムの大群……そして、その肩に乗る特別クラスの生徒たちだった。
「ゼロ! ククク……驚けて頂けたかね?」
アシュは自慢げに笑いかける。
「……馬鹿な。なぜ、ゴーレムが」
思わずデルタがつぶやく。ゴーレムを倒すところまでは想定していた。しかし、命令権を奪い、操ることまでは完全に想定していなかった。
「僕の生徒をなめないで欲しいね。君と違って僕の教えをキチンと聞いている優秀な教え子たちばかりさ」
まるで生徒に慕われているが如く口ぶり。聞き間違いかと、ミラは一度耳を疑った。
「アーシューセーンーセー」
「おお、リリー君。そいつらが敵だよ。早くそのゴーレムたちを……うわっ! なにするんだ危ないじゃないか!?」
闇魔法使いは辛うじてゴーレムの一撃を躱す。
「よくもやってくれましたね! そんなに私たちに嫌がらせするのが楽しいですか!?」
「ご、誤解だ! 断固誤解だぞ。君たちを狙っているのは、そこの魔法使いだ」
「……嘘つき」
リリーは迷わず罵倒。他の生徒たちも完全同意。
「う、嘘じゃない。なあ、ミラ。狙っているのは、そこの魔法使いだよね」
必死。必死に弁明する闇魔法使い。
「生徒様方、アシュ様の言っていることは正しいです」
「あなたって人は……ミラさんがあなたに逆らえないからって! よくそんな嘘をつかせて平気ですね! 覚悟してください! その腐りきった性根を私たち生徒が叩きなおして差し上げます!」
なんて人望のない魔法使いなんだ、とは有能執事の感想である。
「だから誤解だ……ちょ……まっ……うわあああああああああっ!」
ゴーレムの大群が襲い掛かるのを必死で逃げる闇魔法使い。
「……なるほど、非常に面白いものが見えましたよ」
デルタは愉快そうにつぶやいた。
とにかく、事態は最悪だった。
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