伯仲


 一方、リリーたちが殺意を向ける彼はと言うと、すでに壮絶なる戦闘を開始していた。火ぶたは、疾風の如き斬撃の交差音。鈍く、不快な金属音が木々に響き渡る。


 闇魔法使いの頭上に見舞われた剣は、ミラのナイフによって防がれた。


「……見事だな。そのような小剣で」


「お褒め預かりまして光栄でございます」


 そう言いながら、返す刀でレインズの胸を突くが、それは容易に躱される。


 一見にして、実力は伯仲しているように見えた。


「見事ですね。クローゼ騎士団団長と接近戦でやり合える者など、大陸には指で数えられるほどしかいない」


 デルタは素直に感嘆を漏らす。


「……ククク、それは逆だろう? 僕の作った人形と互角に渡り合えるなど、そのレインズくんとやらの方が誇った方がいい」


 対して、アシュはここぞとばかりに強がる。


 是が非にでも主導権は譲りたくない。お前らが僕という上位に挑んでいるのだろう、とは闇魔法使いのとてつもない自尊心である。


「ふぅ………本当に相変わらずですね。どちらでもいいことにこだわるその様は、むしろ私には滑稽に映ります」


「……」


 拷問決定。かつての教え子だか知らないが関係なし。跪かせて土下座させて命乞いさせて泣きながら悔い百編書かせてやる、と心の中で誓う。


「ところで、教え子たちはいいのですか? 私が作ったゴーレムはそんなにヤワではありませんが」


「君は仮にも僕の教え子だろう? 全ては自己責任だよ」


「……私はあなたが教師になったと聞いて耳を疑いましたよ。しかし、今を持って確信しました。あなたは、人の皮を被った悪魔であるとね!」


「私もそう思います」


 レインズと激しい応酬を繰り広げながらも、同意を口にする有能執事。


 甚だ不本意ではあるが、アシュは傍観モードから戦闘モードに切り替える。理想の展開は指一本動かさずに、敵を圧倒する光景だったが、事前準備の全てを封じられ、闘わざるを得ない。


「一瞬で終わらせてあげるよ」


 極大闇魔法。闇魔法使いであるアシュの最善手。


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 両掌から放たるの莫大な闇。見る見るうちに影が覆い尽くし、デルタを呑み込んでいく………だった。


 しかし、なにも起こらない。


「……なぜだ」


「アシュ=ダール先生。あなたのもう1つの弱点。あなたは闇魔法を愛しすぎている。それほど、闇に特化してしまっていれば封じてくださいと言っているようものだ」


 対し、デルタもまた詠唱を始める。


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 眩いばかりのいくつもの光の矢が闇魔法使いに襲いかかる。


「う、うおおおおおおおおおおおおっ」


 よけるよけるよける。放たれた矢を必死によけ続ける。


「………はははは、相変わらず、逃げるのだけはうまいですね」


「……」


 奴隷。奴隷決定。完膚なきまで叩きのめして、手錠つけて鎖つけて飼育。奴隷の烙印押して奴隷市に売り飛ばして、競売で買って飼育権をとってやると、キチガイ魔法使いは心に誓った。


 しかし、なぜ闇魔法が発動しないのか。他者の魔法を奪うことは、通常できない。デルタがそこまで大した魔法使いになったのか。それとも、別のカラクリがあるのか。よけながらだと、うまく思考できない。




 依然として、元教え子が師匠を圧倒していた。






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