幕間 デルタ



「ふぅ……迂闊だったね。彼の前でサモン大司教の名を出すとは」


 ライオールは苦々しげな表情を浮かべる。


「……」


 エステリーゼは、未だショックから抜けきれていない。声だけだったが、闇魔法使いに向けられたのは圧倒的なプレッシャー。もう一言反論しようものなら、事態がどうなっていたか想像もつかない。


「元老院の愚物と彼を同列に扱ったのもマズかった」


「でも……同じ聖信主義者じゃありませんか」


「サモン大司教は、アシュ先生と死闘を繰り広げた者だよ? 大陸でどれくらいの魔法使いが可能だと言うのだね」


 老人の厳しい言葉が、彼女に飛ぶ。


 アシュがあの聖者に敬意を払っていることは、十二分に伝えたつもりだった。しかし、彼女にとってそれは理解しにくい部分だったかもしれない。


「……」


「覚えておきなさい。彼は聖信主義者だの、バランス主義者だの、背信主義者だので判別をしない。自身の尺度をもって人を判別している。できれば、君にもそうあって欲しいのだがね」


 ライオールは優しくそう笑いかける。


「……一度ゆっくりと考えてみます」


 立ち上がって、力なく理事長室を後にするエステリーゼ。


「ふぅ……なかなか思ったようにはいかないものだな」


 老人は静かにため息をついた。


             *


 元老院。ゼルフが気難しい表情を浮かべながら腕を組んでいた。


「……なぜ、独断を?」


 同メンバーであるドジン侯爵に尋ねる。指示者がこの男だと判明したのは、もちろんデルタの監視魔法サーバリアンからである。


「その……突然行先を変えたので、好機かと思いまして」


 バツが悪そうに答えた小太り貴族に、ゼルフは額を抑える。この老人にとっては、考えた上での行動だったのだろうが結果は最低だった。


「それだけではない。あなたに聞きたいことがあるのです」


「……」


 ドジン侯爵は、溢れ出る額の汗を、必死に拭き続ける。


「なぜ、デルタの開発した魔薬を、あなたが持っているのですか?」


「はっ……ぐっ……そ、それは……」


「まず一つ。あの魔薬は、元老院の承認がなければ使用できない決まりだ。そして、二つ。先日、あの魔薬が盗まれるという報告があった」


 すでに、証拠は揃っている。あとは、どう演出をするかの問題だ。懇願するような瞳で見据える小太りの侯爵を、元老院メンバーは、まるで汚物を見るかのような眼で返す。


「お気持ちはよくわかりますが、いささか早計でしたな」「なんのための元老院か、その存在の意義が問われます」「そもそも、窃盗は犯罪でしょう?」「貴族のやることではありませんな」


 次々と繰り出される批判に、ゼルフは心中の笑いを必死に抑える。この面々は、他者の失敗を責め、貶めるのは、滅法得意だ。やがて自たちが、その憂き目に遭うことなど、一ミリたりとも省みることなく。


「結論はでたようですな。ドジン侯爵、あなたは、元老院に居るべきではない」


 まるで、裁定者の如く、ゼルフは手を挙げ、衛兵たちがやってくる。


「ちょ……離せ……議長……私は、あなたたちのために……」


 必死に抵抗をする小太りの侯爵は、いとも簡単に強制退場させられた。その醜い様を見て、元老院メンバーは全員、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


 数時間後、ゼルフの部屋にデルタが訪れた。


「無事、邪魔者の排除もできましたので、次の段階に移りますか」


「相変わらず、見事な仕事だった。しかし……魔薬はよかったのか?」


「アレの解析は、短期間では不可能です。いやむしろ、彼の興味を逸らす餌となります。私たちは、それまでに次の一手を仕掛ければいい。それより、他のメンバーの余計な動きを牽制できたことができたのがよかった。半端なちょっかいは『闇喰い』には逆効果ですからね」


「……しかし、それほどの魔法使いを出し抜けるか?」


「もちろん、彼がいれば。入ってくれ」


 デルタの声で入ってきたのは、一人の騎士だった。


 レインズ=リージバルト。ナルシャ国クローゼ騎士団の団長である。その剣技はナルシャ国で随一と謳われるほどの実力を持つ。


「では、計画通り実行しよう」


 天才研修者は、全てを見透したような瞳で、笑った。

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