監視
「ナルシャ国は聖信主義国家。大陸でも異常なほど偏っている。なぜか、わかりますか?」
エステリーゼはミラに問いかける。
「統治者……国王であるシルサ=ナルシャは、極端な聖信主義者でしたよね。その影響では?」
「それだけではありません。国家の政策を取り仕切る元老院が聖信主義者の集まりだからです。そして……その権力が揺るがぬようにする魔法がある。それは、
「……聞いたことありませんね」
「ナルシャ国でも、一握りの権力者しか知りません。しかし、デルタ=ラプラスが作り出したこの魔法は……」
「デルタ=ラプラス……」
アシュが不意に名前をつぶやく。
「ご存知なのですか?」
「天才だよ。大陸で僕が認める研究者の一人だ。彼が創り出したものだとすると、非常に興味深いな」
「驚きました……彼は主に裏方で、表舞台にはほとんど姿を見せません。だから、ほとんど彼の存在を知る者はいない」
「教え子だ」
・・・
「「え゛っ」」
エステリーゼとライオールが一斉に闇魔法使いを見る。
「5年と言う短い付き合いだったが、非常に優秀な男だったよ。僕の研究にも多大な貢献をしてくれ――」
「ええええええええええっ!?」
エステリーゼ、絶叫。
「ふふん。君にも僕の偉大さがやっとわかって――」
「どういうことですかどういうことですかどういうことですか!」
「く、苦しっ……け、頸動脈入って……」
ガクガク。思いっきり首を絞める、メガネ美女。
「それで……ライオール様。そのシステムとは?」
とりあえず、2人を無視して話を続ける有能執事。
「このナルシャ国一帯を魔方陣とし、慢性的に魔力を帯びさせることで情報の全てを把握する。国民はどのような行動をしていても、常に監視することができる超魔法です」
「アシュ様。そのようなことが可能なのでしょうか?」
「……ごほっごほっ。理論上はね。彼も昔そのようなことを研究していたしね」
崩れた襟を正しながら闇魔法使いがつぶやく。
「あ、あなたのところで研究してたんですか!?」
責めるような口調でエステリーゼが問い詰め、褒められたかのように誇らしげにアシュが頷く。
「要するに、シュバイツァー理論の応用さ。僕にその研究を語らせると長いよ」
「じゃあ、結構です」
ミラ、きっぱり。
「……じゃあ、端的に。その研究の終着点は、『その思考すべてを把握すること』にある。どちらかと言うと、その深さを追求することにある。しかし、デルタは広域的にすることに執着していたように思う。きっと、その
「はい。このナルシャ国で彼の魔法が及んでいない場所はこのホグナー魔法学校のみです。私もなんとかここ一帯には結界を張ることができました」
「ふむ……僕の館にも、同様の結界は張ってある。研究を盗まれてはかなわないからね。しかし、大した魔法使いに成長したものだな。師匠としては誇らしいね」
「なっ!? あなた……本気で言ってるんですか!」
「ああ、なぜ?」
闇魔法使いは大きく目を見開いて、エステリーゼを眺める。
「彼らは国民を監視してるんですよ!? 自分たちの利権を牛耳るために」
「……非常に優れた魔法だと思うがね。現に結果は出ているじゃないか」
「その存在が悪だと言っているんです!」
「それは、使用者がだろう? デルタの研究は優れているじゃないか」
「研究者には罪がないと?」
「ないね」
アシュはきっぱりと答える。
「あなたって人は……」
「ナイフが単独で人を殺すかい? 殺すのは人さ」
「くっ……」
「話がそれましたな。今は、ナイフを持った人がこのホグナー魔法学校を襲ってきているということです」
ライオールが白い髭を伸ばしながら答える。
「ふぅ……どうやら、僕には関係のない話のようだ」
席を立って、老人とエステリーゼに背を向け歩き始める。
「アシュ先生……あなたは、聖信主義者たちが牛耳る世界を許せるというんですか?」
エステリーゼは声を震わせながら尋ねる。
「別に、どうだっていいね」
「なっ……あなたは背信主義者でしょう? 中央にはサモン大司教や元老院のような聖信主義者が――」
「……不快だな」
「えっ?」
「君のような小娘にサモン大司教を語る資格はないよ。これ以上なにか発するなら、この学校を僕が潰してやろうか?」
その声は、酷く冷たく響いた。
「あ……う……」
エステリーゼは思わずその場にへたりこむ。
「失礼いたしました。彼女も悪気はないのです。私が伝えたかったことは、もう伝えました。どうか、ご用心ください」
ライオールは彼女の前に立って深々とお辞儀をする。
「……」
アシュは黙って理事長室を後にした。
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