再会


 アシュが理事長室に入ると、白髭が特徴的な老人がチェスに興じていた。


 ライオール=セルゲイ。大陸有数の名門ボグナー魔法学校の理事長である。アシュと共に同じ師匠を師事した間柄で、その付き合いは数十年に及ぶ。


「相変わらず殺風景な部屋だね」


 置かれているのはボロボロなソファ、使い古された長机とチェス盤のみ。ホグナー魔法学校最高権力者の部屋にしては、至ってシンプルな間取りである。


「ほっほっ……どうしたんですかアシュ=ダール先生? 今は授業中のはずですが」


 好々爺は、白く曲がった髭を心地よさそうに引き伸ばし、苦笑いを浮かべる。この闇魔法使いがそんなことを気にするわけがないことは、昔からの付き合いでわかっているのだが、理事長という立場上、苦言を呈せざるを得ない。


「いやなに。一つ君と議論したいことができたんだ。僕だけにはどうにも結論が出せなくてね。賢者である君に意見を聞きたいのだ」


 酷くまじめな表情で向かいに座る闇魔法使い。


「ほぉ……あなたに解けない問題とは。どのような難問で?」


「胸は揺れるから興味をそそるのか。それとも、興味をそそるから胸は揺れるのか……君はどっちだと思う?」


              ・・・


「そう言えば、特別クラスの生徒たちはどうですかな?」


 キチガイ魔法使いの質問をスルーして、強引に話題の転換を試みる国民的人気理事長。


「いや、君のおかげで中々退屈しない毎日を送っているよ」


 向かいのソファに腰かけ、チェス盤の騎士ナイト歩兵ボーンを落とす。


「ご満足いただけているようですね。それはなによりです」


「……ああ。中々の逸材が揃っている」


「ほぉ、あなたにそこまで言っていただけるとは……やはり、リリー=シュバルツですか?」


「彼女か……彼女は麒麟児だよ。いずれへーゼン先生を超える大魔法使いになるだろうな」


「ほぉ。それは、将来が楽しみですな」


 愉快そうに笑いながら、老人は女王クイーン騎士ナイトを葬る。


「シスも素晴らしいな。彼女の潜在能力は測り知れないものがある。長い間、聖櫃として生きてきたからね。その影響も重なって、彼女だけはどうなるか僕にもわからん」


「聖櫃……ですか。彼女は、大切に守らなければいけませんね」


「……ダン=ブラウは召喚魔法の成長が著しい。ジスパ=ジャールも聖闇魔法を扱える素質のある子だ。ミランダ=リールは闇魔法の才能がある。他の生徒たちもこの学校を出れば名門エース級になれる生徒たちが集まっている」


「ほっほっ……今年は当たり年ですな」


「……そうかな?」


 疑問符を投げかけながら、アシュが大きく目を見開く。


「と、言うと?」


「僕はこれでも、優れた研究者だ。その僕の目から見て、この特別クラスは異常だよ」


「……」


「ほかにも名門学校はいくつもある。ミラに調べてもらった結果から言うと、この学校にのみ逸材が集中しすぎている。まるで、意思を持って集めたかのように」


「……誰かとは?」


「さあ。それは、僕にもわからない。ただ……この学校のキングである君の意見を聞こうと思ってね」


 闇魔法使いは歩兵ボーンキングの駒をチェックした。


「なんにせよ、よき才能が揃うことはいいことです。将来が楽しみですな」


 ライオールは快活な様子で笑顔を見せ、両手をあげてギブアップを宣言する。


「……そうだな」


 勝者は、あきらめたように相槌を打つ。会話相手の表情を観察し、真偽を見抜くことには非常に長けていると自負しているが、ライオールのそれは全く読み取ることができない。


 師であるへ―ゼン=ハイムから、『最低の弟子』だという烙印を押されたアシュだったが、一方で、ライオールは『最高の弟子』と評されていた。彼の本気は、へ―ゼン以外見たことはないと言われている。


「おっと、そうだ。それより、あなたに紹介したい先生がいるんです。まだ、若いですが非常に有能な教師ですよ」


「……当然美人なんだろうね?」


「ええ。それも、絶世の。ちょうど今、職員室にい――「では、行こうか」


 理事長の言葉を食い気味に遮って、早々に立ち上がるエロ魔法使い。


 授業中であったので、職員室にはその教師しかいなかった。後姿ではあるが、その艶やかな黒髪。背中からでもわかるはちきれんばかりの豊満な胸。そして、その佇まいからかなりの美人だと推察をした。


 ソロソロソロ……


 後ろから忍び足で近づき、彼女の真後ろからペンを投げた。


「おっと……落としてしまった――」


 ダン!


 そのペンは彼女のハイヒールによって無残に砕け散った。


 その瞬間、200年生き抜いてきた防衛本能が働いた。恐る恐る、顔をあげると、そこには見知った顔があった。


「ごきげんよう、アシュ=ダール先生」


「……ごきげんよう、エステリーゼ」


 完全に笑顔が引きつる闇魔法使い。


 エステリーゼ=ブラウ。艶やかな黒髪に、黒縁メガネの奥に光るブラウンの瞳が印象的なエキゾチック美女である。しかし、アシュの心は全然踊ってはいなかった。


「あなたが、この教師だって聞いたときは、驚いたわぁ」


 100%笑っていない、100%の微笑みを見せる彼女。


「……ハハハ、僕もだよ」


 闇魔法使いは震えた声で答える。


「こんなに驚いたのは、あなたが私に『老いた君を見たくない』って最低なセリフを吐かれた時以来かしら」


 あの時のビンタは本当に痛かった……思わず、そう振り返り、頬を撫でるアシュである。


「……昨日のデートに応じてくれたから、てっきり、あの時のことを許してくれたのかと思ってたが」


「あらぁ、寒かったでしょう? 風邪ひかなかった? 天気予測士の知り合いに聞いて一番雨が降りそうな日を選んだから」


 最初から待ちぼうけ喰らわせる気満々だったエステリーゼは、またしても100%笑っていない、100%の微笑みを見せる。


「……い、いやぁ僕も実は他に約束ができて。ちょうど行けなかったんだ。君が待ちぼうけを喰らってなくてよかったよ」


 珍しく笑顔引きつる闇魔法使い。


「ウフフ……肺炎で死ねばよかったのに……」


「……アハ、アハハハハ」


「フフ……フフフフ」


 互いに全然笑っていない笑いが木霊する。


「じ、自己紹介は要らないようだから、これで失礼するよ」


 完全に腰が引けて、職員室からの逃亡を図るアシュであった。


 

 

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