激走


 ホグナー魔法学校の校庭は、1周につき約1000m。100周で約100㎞。おおよそ、「はい、今から走るよー」と言って走れるほどの距離ではない。しかし、そこはエリート。国家トップレベルの優等生生徒たちは、努力の見せ方を知っている。


 すなわち真面目に走る。全力で真面目に走って努力アピールである。さすがに、100㎞は本気で走らせないだろうとエリートたちは推測する。


 しかし、彼はアシュ=ダール。生徒の努力など、ミジンコほども見る気はない、性格ど腐れ系魔法使いである。


「ふっ……走ってる走ってる。ご苦労なことだな」


 日傘の中、性悪魔法使いはハンモックに寝転んで上機嫌。ワインを片手に読書に勤しむ。本の奥に垣間見える生徒たちの疲労が絶好のアクセントである。


「……しかし、この炎天下で100㎞と言うのは少し酷なのではないですか?」


 ミラが机の上にチェダーチーズを並べながら、苦言を呈する。


「酷だからこそやる価値があるのだよ。ほら、見たまえ! あの必死な表情を」


 視線の先にはリリー=シュバルツがいた。他の生徒たちよりも大幅に早いスピードで走り、是が否にでもミッションコンプリートを心に決める爆走美少女である。


「彼女がなんて言いながら走っているか伝えましょうか? 『あの最低魔法使い、あの最低魔法使い、あの最低魔法使い』です」


 ミラの視力は裸眼で8・0。そして、読唇術も完璧な超有能執事である。


「……フフフ……フハハハハハ……フハハハハハ! 見たまえ、ミラ。走っているよ! ただ、ただ、走っている! フフフフフハハハハハ……意味ないっ……こんなにまったくなんの意味もない行為をただただ繰り返しているよ……フフフ……フハハハハハ……フハハハハハ!」


 ワインを噴き出しながら、ハンモックをバンバン叩きながら狂喜するキチガイ魔法使い。どうやら、なにかのツボにはまったようだ。


「……」


 ドン引き。ご主人の人格破綻ぶりに、ドン引きの生きた人形である。


         ・・・


 一方、シス。昔から運動は得意で、体育の成績は常にトップ。朝はマラソンを日課にしている美少女は、すいすいと勤勉エリートたちを抜き去って行く。やがて、必死な形相を見せるリリーと並走する。


「あの……先は長いんだからそんなに飛ばしても……」


「はぁ……はぁ……なにを言ってるの!? あいつが見ている前で手を抜いたらなんてバカにされるか……そんなのは、絶対に許されない」


 息絶え絶えにリリーは答える。


「そ、そうね。頑張ろう」


 こんな時のリリーは、なにを言っても無駄である。


 シスがアシュの方を見ると、ジーっとこっちを眺めている。不自然すぎるほどこっちをジーッと……


「はぁ……はぁ……じゃあ、私、先に行くから! 見てらっしゃいよ、最低魔法使い!」


 そう言い残して、リリーは速度を更に上げてシスを置き去りにする。


           ・・・


「やはり、眺めるなら豊満な胸の子に限るな」


 ロリ魔法使いは、シスを眺めながらつぶやく。


「……リリー様も頑張っておいでですが」


「目に入らないな。あんな、貧相な胸の持ち主は」


 爆走美少女を一瞥すらせずに、ずっとシスの胸を眺めている変態魔法使い。


「……」


「ふむ……胸は揺れるから興味をそそるのか。それとも、興味をそそるから胸は揺れるのか。非常に難しい問題ではあるが……君はどっちだと思う?」


「……私はアシュ様の頭がおかしいと思います」


「ふっ……答えになってないよ、ミラ」


 答えだ。圧倒的に答えだ、と思う有能執事であったが、もはや美少女の胸に夢中のキチガイ変態エロロリ魔法使いには、一片たりとも通じるとは思えなかった。


             ・・・


 さらに、15分後。


「……なかなか答えがでないな。ミラ、ちょっと散歩に出てくるよ」


「えっ? 生徒たちの頑張りを見守っては行かないのですか?」


「なんで?」


「……」


 そんなに純粋に質問返しされても、とミラは思う。


「ああ、バレたら生徒たちの士気が下がってしまうからだね? それなら、なんとかしたまえ」


「……はい」


 どんなに理不尽な命令でも、聞きたくない命令でも、主人の命令には逆らえない。


<<幻よ その身を変えて 愚者を欺け>>ーー幻影の己イル・イリュージョン


 ミラがそう唱えると、アシュの幻影がハンモックに寝そべる。


「さすがだね……じゃあ、バレないうちに僕は行くから。後は頼んだよ」


 必死に走っている生徒の目を盗んで、離脱をもくろむ性悪魔法使い。さながら、授業をサボる生徒かのように。


 有能執事は汗だくで走っているリリーに視線を向けた。


『あの最低教師を見返してやる、絶対に完走して見せつけてやる、絶対にアッと言わせてやるんだから』


 読唇術で読み取れる彼女の頑張り、圧倒的な決意。


 しかし、そんな想いを見ようともせず……いや、むしろなんとか自分が見られないようにコソコソ抜け出そうとしている最低魔法使い。


 ミラは、ただ純粋に、このキチガイ魔法使いの死を願った。


 


 


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